神さまが共におられる神秘(56)稲川圭三

大きな信仰の中で

2010年5月30日 三位一体の主日
(典礼歴C年に合わせ9年前の説教の再録)
父が持っておられるものはすべて、わたしのものである
聖霊はわたしのものを受けて、あなたがたに告げる
ヨハネ16:12~15

今日は三位一体の主日を迎えています。神さまは、父であり、子であり、聖霊である唯一のお方です。父と子と聖霊の緊密な交わりの中で一つとなられるお方です。

その神さまは、私たちをご自分の交わりの中に招いてくださいます。お三方だけが仲良しになって、後は関係ないのではなく、その仲良しの中にすべての「いのち」を招いてくださるのです。

今日、三位一体の主日にあたり、神さまが私たちをその一致へと招いてくださっていることを、心新たにして受け取らせていただきたいと思います。

今日は、イエスさまが最後の晩さんの席上で弟子たちにお話しになられた「お別れの説教」の箇所です。イエスさまは弟子たちに言われます。

「言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる」(ヨハネ16:12~13)

私たちも、聞いてはいるけど、そのことの意味が分からないでいることもたくさんあると思います。私たちの人生の中には、いろいろな出来事がぽつりぽつりと置かれています。なぜか分からないけれど覚えているあのこと……。2歳のとき、お母さんに抱っこされて見た景色。あそこで言われたあの一言。あそこで見たあの景色とその雰囲気。なぜか分からないけれど、点々と置かれているそういう出来事が私たちにあるかもしれません。

それまでは、ばらばらに置かれているように見えたけれど、あるとき、ハッと気づかされる。ばらばらと思っていたものが、そうじゃなくて、一つに結ばれていた、つながれていた。そういうふうに分からせられることがあると思います。

イエスさまは私たちに「言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない」……そういうことがたくさんおありになるんでしょう。「しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる」と言われます。きっとそれは、外側からではなく、内側から悟らせていただくのではないでしょうか。

いつかきっと神さまのお心を分かせられる時が来ます。その時がいつか分からないけれど、その時が来ることは確実だから、いま分からなくても、信頼という道を今日、一歩前に向かって歩くんです。分からせてくださるお方に信頼して、今日という一日に一歩を歩くことができるんです。それをお恵みといいます。

神さまが分からせてくださる真理とは、神さまの「いのち」そのものです。神さまはその「いのち」の一部分ではなく、全部をくださるんです。

「その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである」(13節)

聖霊は孤独な方ではありません。関わりの方です。だから、イエスさまや天の父から聞いたことを私たちに語るというんです。

「その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである」(14節)

「告げる」というのは、一人ひとりに出会わせるということです。「そうか!」と出会わせる。

「父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである」(15節)

神さまのその一致の中に私たちは招かれています。

今日この後、赤ちゃんが洗礼を受けます。洗礼は、「あなたはわたしの愛する子」と言われている神さまのお声に「はい!」と答えて、出会わせていただくお恵みです。しかし、赤ちゃんは「はい」と答える意志がまだないでしょう。だから、親がそのことを願って、そのことを受け取れるようにと心を込めて育てます。

そして、教会の信仰の中で育てるんです。大きな信仰の中で。そして、「あなたの上に神さまのいのちがある」ということを、私たちが出会う人一人ひとりに見て、自分も見てもらう──そういう関わりの中で育ってゆきます。

おでんに入っている卵は、1週間も煮込んでいたら、芯まで味が染みますよね。私たちも教会という信仰の中で、「神さまが共におられる」ということが互いの祈りの中で染みわたっていきます。

芯まで味が染みとおった卵とか、煮物とか、いいでしょ? 味が染みて、いいでしょ? 赤ちゃんのうちから、みんなの信仰の中で、存在の根幹にまで神さまの愛が染みわたってゆくように……。

赤ちゃんは口から入る食べ物、そして神さまの祝福という祈りによって、本当に生きる者になってゆきます。今おっぱい飲んでいるから静かにしていますね……。もうひとしきり飲んだら洗礼式です(笑)。

稲川 圭三

稲川 圭三

稲川圭三(いながわ・けいぞう) 1959年、東京都江東区生まれ。千葉県習志野市で9年間、公立小学校の教員をする。97年、カトリック司祭に叙階。西千葉教会助任、青梅・あきる野教会主任兼任、八王子教会主任を経て、現在、麻布教会主任司祭。著書に『神さまからの贈りもの』『神様のみこころ』『365日全部が神さまの日』『イエスさまといつもいっしょ』『神父さまおしえて』(サンパウロ)『神さまが共にいてくださる神秘』『神さまのまなざしを生きる』『ただひとつの中心は神さま』(雑賀編集工房)。

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