【インタビュー】ICU学長・岩切正一郎さん(2)大学は、知識を共有し、自分を新しい世界に解放し、知らない世界に入っていける場所

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──以前、ICUがリベラルアーツに力を注いでいることから、「教養とは、何かのスキルのように身につけて役立つという『目標』ではなく、それを使うことで人間や社会、世界に対して良いことをしていくプロセス」と答えられていました。その中にキリスト教精神を感じたのですが、「良いことをする」ということについてもう少し具体的に教えていただけるでしょうか。

「良いもの」というのは、個を超えた共通の共同体と言ってもいいし、世界でもいいのですが、特定の人たちだけではなく、みんなにとってが良いものということです。トマス・アクィナスの研究で知られる稲垣良典(いながき・りょうすけ)先生が書かれている本には「共通善」という考えが示されていて、トマス・アクィナスが非常に大事にした概念なのだそうです。社会全体の共通の善、まさに、キリスト教ということで、今はこれがあまり顧みられていないと感じています。

自分の国だけよければいいとか、ある会社が一人勝ちすればいいとか、格差社会の中で持っている人はさらに持つけれど、持たない人はさらに持たないとか、そういう社会の中では「良いもの」はありません。みんなが分け合いながら、良いものを目指していく、社会はそういう方向に向かっていかなければいけないと思っています。

──日本学術会議の会員任命拒否について、ICU学長として見解を出されましたが。

大学の総意としてではなく、学長としてはこういうスタンスだということで出しました。この学術会議の問題は、任命拒否をするならするで、なぜそうしたか首相が何も説明していないところにあります。理由も言わずに慣例を破って、指摘されると「国民が望んでいるから」と答える。では、それをに反対している私は国民ではないのか。それはやはり危機を感じるわけですね。暗黙の検閲にならないよう、自分のことにもう少し引きつけて考えなければいけないなと思っています。

ICU学長・岩切正一郎さん

──学生たちから反応はありましたか。

今のところこれといった反応は、私のところには届いていません。

──日本の大学の多くが、就職のための資格やスキルを身につけることに熱心になっていて、学問ということと距離を感じるのですが、ICUの場合はどうでしょうか。

単に知識を蓄えるとか、技術を身につけるとか、資格を取るとかいう実利的なことよりも、学びをとおして自分を発見して欲しいというのが我々が一番求めていることです。ICUでは、何よりも教育を最優先としていて、全教員が学部に所属しているのもそのためです。研究も大事ですが、研究は教育の先にあるものということで、入学した学生をどう教育していくか、それも学問をとおして学ぶということを非常に重視しています。その学びの前提は、自分の考えをしっかり述べ、自分と意見の違う人の話も聞き、自分の意見が正しいか批判的に考えることなので、ときには苦しさを伴っていることもあります。

──今後大学は、どのようになっていくと思いますか。

基本的には変わらないと私は思っています。実際にオンライン授業をやってみて、いいことも分かったので、授業の中でテクノロジーを取り入れていくことは今後進んでいくと思いますが、基本的には先生と学生がいて、共に4年間を過ごし、そこで身につけた人間関係、知識、考え方をきちんと持って、社会に出ていく。大学はそういう場だと思います。

今コロナで、急にこんな事態になり、大変革期みたいなことが言われますが、大学というのは個々の大学の盛衰はあっても、制度としては何百年も前からあるわけです。おおもとのヨーロッパに遡(さかのぼ)ってみれば、ものすごい先生がいて、そこに学生が集まってきて、話を聞き、学生同士がいろいろ討論する。そういう場として形成されてきました。知識や、考えをみんなで共有して、自分を新しい世界に解放し、知らない世界に入っていく。そういう欲求が人間には基本的にあって、それを守る場所が大学で、そうした性格はこの先も変わらないのではないでしょうか。

に続く)

 






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