コロナ禍の葬儀から見る未来 (後編)

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教会で葬儀をあげない、という選択

今回の取材で話を聞いた葬儀関係者からは、コロナ禍によって一つ一つの葬儀の規模が格段に縮小されたということ、そして葬儀の依頼件数についてはコロナ禍による影響は見られないことが全体として共通して聞かれた。

唯一の例外は、神戸市を本拠地として全国の牧師や葬儀社と連携し、キリスト教式での葬儀依頼に対応している株式会社ブレスユアホームだ。

同社の代表、広田信也氏はコロナ禍で相談件数が減った理由について、同社の葬儀は教会ではなく自宅や斎場で執り行うことが多いため、感染を恐れて外部の牧師を呼ぶことに躊躇するケースが多いのではないかと語る。

ブレスユアホームが特徴的なのは、同社に寄せられる依頼の大多数はノンクリスチャンや教会から離れたクリスチャンからのものであることだ。

「孤独は日本を覆う大きな問題ですが、教会につながりを持たないクリスチャンにとっても孤独は大きな問題です。その数は決して少なくありません。以前通っていた教会には葬儀について相談できない、というケースもあり、教会の手が届くことのできない人たちの中にも、キリスト教式での葬儀を望む方は多くいらっしゃいます。ミッションスクールなどに通っていた等の理由で、キリスト教の葬儀を望むノンクリスチャンの方も多くいらっしゃいます。葬儀を通じて信仰に目覚める遺族の方も数多く目にしてきました。これはドラマだな、奇跡だな、と思わされることも多いです。」と広田氏は語る。

神戸の街からBlessing ― ブレスユアホーム (代表:広田信也氏)

ブレスユアホームでは冠婚葬祭事業の他、善き隣人バンク(お話相手・付き添いサービス)というサービスを始めたばかりだ。公式ウェブサイトには以下の文言が書かれている。

「高齢化・核家族化が進む中、現代社会には心の痛みを抱え『孤独』に悩む人々が沢山います。医療や様々な生活支援の働きに加え、心の内面を支え、信頼できる隣人の存在が求められています。」

孤独という課題

関係者からはこの「孤独」という問題が異口同音に語られた。しかもこれは必ずしもコロナの影響のみによるものではなく、むしろコロナ以前から存在したものがコロナによって加速された、というものだ。CSC代表の熊川氏は語る。

「情報化社会が広がるにつれて人間関係が深まったところもあれば、遠ざかった部分もあります。顔と名前は分かるけど人となりまではよく知らない、という関係性の割合も増えているのではないでしょうか。故人との久しぶりの再会が葬儀となってしまい、こんなに変わってしまったのか、と驚かれる方も多くいらっしゃいます。そういったことも含めて、終活相談にいらっしゃる方には、『今の自分しかできないことをしてください、ご友人やご家族とのお話を密にしてください』という風に伝えるようにしています

人生の最高の旅立ち―C.S.C.

自身の葬儀や遺産相続について事前に決めておく「終活」が広く認知された背景には「自分が死ぬせいで家族に負担をかけたくない」という意識や「誰もみとってくれないかもしれない」という危機感があるという。そこからは家族という共同体の弱体化や、他者とのつながりの希薄化という現代社会の風潮が見えてくる。今年で創立15周年を迎えたライフワークスが設立当初から行ってきた終活セミナーはこれまで計500か所で開催され、のべ1万人の参加があったという。

「これまで葬儀は決まって遺族が行うものでしたが、『葬式は自分で計画するもの』という意識が起こったのは大きな時代の変化だと思いますし、それはこれからも広がると思います。教会もこの時代にあって、独居老人などがコミュニティとして集える場所を作ることが必要な時代に突入しています。」(野田氏)

Working for the gospel – LIFEWORKS (代表:野田和裕氏)

葬儀の行われ方によっては、貧困やコロナ禍による不況からくる影響もみられるようだ。復活社では孤独死関連で行政から相談を受けることがあるという。

「役所や警察の担当者が孤独死を迎えた亡骸を見つけて、故人が通っていた教会を通じて相談が来ることがあります。また生活保護を受給されているクリスチャンの方から葬儀に関する相談を受けることもあります。」(復活社・中村氏)

移りゆく時代と葬儀

多くの葬儀関係者はコロナが終結したあとの展開について「コロナ禍前の状態に戻るだろう」という見方を示した。ZOOMによるオンライン葬儀といった新しい試みも、対面での参列に制限がかからなくなれば大きく広がるわけではないだろう、と見る人は多い。これは、教会におけるオンライン礼拝の是非や今後の展開にも通じるところがあるかもしれない。

一方でコロナが収まったあとに起こり続ける変化もあるのではないか、と野田氏(ライフワークス)は見ている。

「葬儀が簡素化されていく流れはこれからも止まらないと思います。いわゆる2025年問題(団塊の世代が75歳以上になるライン)によって葬儀の数は増え続けますが、それを負担する世代の人数や予算は減っています。社会のインフラも間に合っておらず、昔は亡くなってすぐに行われていた葬儀も夏場は一週間待ち、冬場は二週間待ちが当たり前になっています。墓地も一家に一つの時代は終わりを迎えつつあります。一方でキリスト教になじみのある方が増えた影響で、仏式ではなくキリスト教式の葬儀を望むノンクリスチャンの方は増えています。教会はクリスチャンしか葬式をやりませんよ、という時代もありましたが、今はその垣根を下げて葬式に対応していくべきなのではないのでしょうか。」

コロナで時代は確かに一変したと言えるだろう。
しかし時代は常に変わり続けるものだ。今回、コロナと葬儀という視点で取材を行うなかで、少子高齢化の波や、孤独といった日本社会を取り囲む重大テーマがそのなかで見えてきたが、それもコロナ禍の遥か以前から存在してきたものだ。私たちは今、その流れに十分に目を留めていると言えるだろうか、と問われた想いがした。

(完)

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原口 建

原口 建

バプテスト派。オーストリア・カナダに留学経験を持つ。大学の専攻は仏文学。

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