「聖書エッセイコンテスト」授賞式で選評委員が対談 林あまり×清涼院流水「ことばで伝えるおもしろさ」

日本聖書協会とキリスト新聞社の共催による第1回「聖書エッセイコンテスト」の授賞式が3月18日、東京・銀座の教文館で開催され、選評委員でもある林あまり氏(歌人、演劇評論家)と清涼院流水氏(作家、英訳者)による特別対談も行われた。

第1回「聖書エッセイコンテスト」は昨年、3回目となる「聖書ラノベ新人賞」と同時開催されたもの。70作ほどの応募作の中から、林氏、清涼院氏、日本聖書協会、キリスト新聞社の4者がそれぞれ10作品を選び、得票数の多い順に賞を決定した。同時に大賞、準大賞、佳作に加え、「あまり賞」「流水賞」も選出された。林氏は「大賞や準大賞には及ばないがコミカルで面白いものや、ぜひ読んでほしいと思った作品をそれぞれの観点から選べた」と述べた。

清涼院氏は選考作業を通して、「心温まる話だけではなく、東日本大震災で亡くなった父親の聖書が見つかる話など、人生の逆境で、まさに人を変え、立ち直させる聖書の力を改めて知った」と振り返り、司会を務めた松谷信司氏は「非常に自由な表現で、バリエーション豊かな作品が寄せられた」と、同コンテストが聖書をより身近に感じる機会となったことを評価した。

清涼院氏は3年前、カトリック教会で受洗。キリシタン大名にまつわる小説を書いたことが契機だという。当初はプロテスタントから信仰に興味を抱いたものの紆余曲折あり、最終的にはカトリック信徒となる道を選んだ。しかし、どちらにも偏見はなく、「両方に関われることは、これからの日本のキリスト教の発展のためにも必要」と語った。

林氏は、キリスト教主義の学校に通う姉の聖書を読んでみたことがきっかけだという。いじめや体罰が横行する学校生活に嫌気がしていた小学校時代、聖書を分からないなりに読みながら、何かこの価値観に生きてみたいと思い、中学はキリスト教主義の学校に行くようになった。「人生で一番辛かったのは、子どものころ。自分では逃れようもない環境だったから。でもキリスト教主義の学校に行き、教会にも行けるようになり、まさに人生が一変した」と回顧する。

「ことばで伝えるおもしろさ」というテーマをめぐって林氏は、何かを書く時に「伝えること」と「おもしろさ」を意識したことはまったくなく、「ただ自分が書きたいことを書いて、結果としてそれが伝わったり、面白くなる」と語った。一方、清涼院氏はこのテーマ自体がコンテストを体現していると語る。「体験談や考え、他人のエピソードを知る面白さがあり、そもそも旧約の時代にバビロン捕囚から何とかして信仰を残していこうと思った人々が、律法を書き残し、ユダヤ教が生まれ、キリスト教につながった。キリスト教徒にとって『ことばとは神そのもの』とも言えるぐらい切っても切り離せないもの」

(左から)松谷、林、清涼院の各氏

インターネットやデジタルの世界が当然の現代では、紙で物を書く、読むという行為が変化している。清涼院氏が作家デビューした1996年は出版界のバブル期で、読書が「娯楽の王様」だったという。ただ、「言葉を伝えるということは、たくましくどんな形であっても生き残っていくと思う。その意味で、このようなコンテストが持つ意義は大きい」と同氏。

「読解力という点でいうなら、今の若い人たちは読みとる力が弱っていると思う。2時間ほどの芝居を見て感想を言っている人が、そもそも設定を理解していないことがある。授業で劇を見せることもあるが、じっくり舞台を見て、作り手の意図を理解するということが難しくなっている」と感想を述べた。

初の試みであった「聖書エッセイコンテスト」だが、受賞者も会場やオンラインで参加し、将来的に三浦綾子、遠藤周作に続くキリスト教文学の担い手を生み出すような催しになることを願い、期待や要望も語られた。

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