【シリーズ・「2世」の呻き】 遠ざけた弊害の極み 「宗教は不可侵」という幻想の打開を 団作(エホバの証人2世)

宗教者にしかできない関わり方とは?

宗教2世問題を、「信仰を持つ親や家族のもとで育つ一部の宗教2世が受ける、児童虐待やその他の人権侵害、及び生きづらさ」と解釈した時、それは新興宗教やカルト宗教と呼ばれる宗教団体だけの問題であり、伝統ある宗教団体には関係のない問題でしょうか。

宗教2世問題の当事者である私なりの結論を述べてしまえば、宗教界こそが誰よりも真剣に目を向け、耳を傾けなければいけない問題だと考えます。「うちは鞭で打っていない」「何億もの寄付はない」というご意見もあるかもしれません。もちろん、行政が介入しなければならない問題を抱えた宗教団体がそうそうあっては困りものです。

しかしながら、そもそもなぜ、宗教2世問題がここまで社会の中で放置されてきたのでしょうか。さらに突き詰めれば、宗教2世問題を大量に生み出す宗教団体の自由な活動が許されてきたのでしょうか。なぜ、警察や児童相談所をはじめとした社会の安全装置は機能不全を起こしてきたのでしょうか。

それは社会一般のさまざまな立場の方々が、「宗教」を社会から離れたところにある別世界であり、何かおかしいと感じても不可侵であるべきとの幻想を抱いてきたからではないでしょうか。事実、旧統一協会のような団体に「質問」することさえ行政には何重もの要件が法律で規定され、自由な立入検査や教義に関わる質問すらできません。宗教法人法改正の契機となった事件を引き起こしたオウム真理教は、「殺人教義」により殺人を正当化したにもかかわらず、です。

例えば私は「信者以外は滅ぼされるという」という教義を幼いころから日常的に親や他の信者から刷り込まれ、宗教活動に縛り付けられました。宗教活動で土日は潰れ、満足に子どもらしく遊ぶ機会も勉強する機会も奪われて育ちました。民家を一軒一軒訪問する布教活動では家人に怒鳴られ、怖い思いをしたことは数え切れません。果たして教義や宗教活動の詳細に踏み込まず、どのように宗教2世問題を解明できるのでしょうか。

「刑法を含めさまざまな法令は宗教団体にも適用される、別に特別扱いは受けていない」という反論もあるかもしれません。紙の上ではそうかもしれませんが、公務員を含め社会一般のさまざまな立場の方々が、「宗教」は特別であり関わってはいけないという幻想を抱いてきたからこそ、宗教に対し法律に明記された以上の特別扱いを重ね、宗教2世問題が放置されてきたのもまた事実です。学校、警察、児童相談所に相談しても「宗教には関われない」と門前払いを受けた経験は、宗教2世問題の当事者の中ではありふれたものです。

見かねた祖母に連れられて山へ遊びに行った幼少期

この特別扱いにより、子どもたちがいくら公的機関に助けを求めても、「信教の自由」への過度な配慮により宗教2世は見捨てられてきました。やりたくもない宗教活動に子どもが連れ回されても、多額の献金により子どもの将来が奪われても、輸血拒否により子どもが死亡しても、日常的に子どもが鞭で打たれても、社会は何十年も子どもたちを見捨ててきました。その陰でいったい何人の子どもが身体的に傷つき、精神的に疲弊し、経済的に困窮し、人生を根底から破壊されたか。被害の全体像は計り知れません。

一方、宗教界はこの状況にどのように対応してきたか、記録を見ればすぐに分かります。私がまだ赤子だった1995年の宗教法人法改正の際、現在文化庁が行使している質問権の創設に対し、宗教界は大反対をしたとあります。宗教界にも、「特別扱い」を容認するどころか積極的に推進してきた責任の一端があるのではないでしょうか。その上で、宗教者の皆様にはお願いがあります。もし自分たちは社会的に問題が指摘される宗教団体と違うと仰るのなら、国会議員や地方議員、行政、メディア、そして当事者とも恐れず意見交換や対話を試みてください。宗教にまつわるさまざまな問題を解決し被害を抑止するために何ができるか、一緒に考えてみてください。

例えば昨年末に厚労省から発表された「宗教の信仰等に関係する児童虐待等への対応に関するQ&A」では、「地獄に落ちる」などとして児童を脅すこと、恐怖を刷り込むことは虐待であるとされました。もちろん、週に何時間も子どもを教団施設に集めて恐怖を刷り込むような団体は珍しいかもしれませんが、宗教において罰が当たるという教義は決して珍しいものではないでしょう。宗教界の皆様には、宗教団体が行う宗教活動と、子どもを含めた他者の権利とがどのようにすれば社会の規範から外れることなく共存していけるのか、自らを問い直していただきたいのです。

宗教2世問題について宗教界も、行政も、当事者も、さらにメディアを通して国民もともに考えることが一般的になれば、宗教は特別なものでも不可侵のものでもなくなります。そうした社会になって初めて、社会的に問題が指摘される宗教団体に対する安全装置が効果的に働くのではないでしょうか。いくら法やルールが整備されても、それを運用する社会の一人ひとりが「そうはいっても宗教には関われないよ」と思い込んでいては、何の意味もないからです。

宗教界は社会から隔絶された別世界ではないのです。何か特定の宗教を強く信じる者は皆、山にこもって世俗と断絶した生活をしているわけではありません。ほとんどの信者は社会で普通に働き、家族を持ち生活しています。家庭内の文化風習にも宗教が深く根付いています。それなのに、宗教を遠いものと扱い続けた弊害の極みが宗教2世問題です。

今も絶縁状態にある母(後列)と

宗教界は自らが社会の一員であることを強く自覚し、積極的に宗教2世問題の議論に参画してください。宗教2世問題について宗教界こそが議論を喚起することで、宗教は不可侵だと信じている社会の幻想を打開してください。これは宗教界にしかできないことです。宗教について話題にすることすらタブーとし、宗教を不可侵の別世界としてきた戦後数十年、被害者の救済は一歩も進みませんでした。これを打ち破るには、宗教界が行動を起こすしかないのです。

伝統的な文化風習や宗教的価値観の伝承そのものを否定する気はまったくありません。むしろ、その逆です。私は親の勝手な信仰心の押し付けにより、ハロウィンもクリスマスも初詣も七夕もありませんでした。地域のお祭りに関わることも、もちろん許されませんでした。子どもがさまざまな文化や価値観に触れ合い、社会へ参画することは大切な権利です。この権利を侵害することは、何人にも許されません。たとえ保護者であっても恐怖で縛り付けて社会から隔絶することは許されませんし、ましてや、宗教団体が組織的に権利侵害を行うようなことが放置される社会であっていいはずがありません。

宗教2世問題は、宗教を攻撃するために作り出された絵空事ではありません。宗教的価値観の健全な次世代への継承を阻害する重大な社会問題であり、宗教界に関係がないはずがないのです。これは、あらゆる価値観から遠ざけられ、他の宗教は偽りだと刷り込まれ、世界は滅びると信じ込まされた当事者の声です。皆様が真剣に向き合っていただけるものと信じています。

団作(エホバの証人2世)
 だんさく キリスト教系新宗教「エホバの証人」の2世。1990年代に生まれ、物心ついた時からエホバの証人の宗教活動に強制的に参加させられ、日常的に鞭(電気コードなどの道具)で打たれるだけでなく、さまざまなイベントを制限されて育つ。信者であった母親とは高校卒業と同時に縁を切り、現在に至るまで絶縁状態。

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