【検証 〝協会〟の実相と教会の課題】 キリスト教とは大きな隔たり 宗教学者 島薗 進さん

攻撃的な姿勢を長く持続できた理由
「宗教右派」という観点から捉える

先祖の「解怨」と称して、多額の献金を巻き上げる現今の統一協会を見ると、キリスト教とは大きな隔たりがある宗教と見える。だが、発足当時はキリスト教の強い影響を受けていたことは確かである。創世記のアダムとイブの関わりを独自の捉え方で原罪の起源とし、サタンの行う悪がこの世に満ちていると捉えるところなどはキリスト教の影響を否定できない。1970年代以降に統一協会とエホバの証人(ものみの塔聖書冊子協会)がある程度の数の信徒を獲得しているが、近代日本宗教史としては新しい流れだ。

これらの宗教は現世否定的であり、この世との交わりを限定して閉ざされた共同性を維持しようとする。こうした隔離型の教団の場合、外部社会に攻撃的に関わって信徒を得ようとするが、それが長続きはしないのが普通である。ところが統一協会は攻撃的でありつつ、勢力増大に成功した。若い人には親と隔離した上で、学業を放棄して共同生活をさせ、その後も攻撃的外部社会との関わりを続けさせる。汚れから清めるためにまず献身、つまり宗教や信仰に身を捧げるということが重要で、一般社会での職業生活や家族生活から身を解き放つことを求める。 信仰生活に身を捧げた信徒を「食口(しっく)」という。食口というのは家族を指す韓国語に由来し、キリスト教で信仰仲間を「兄弟姉妹」と呼ぶのにならい、韓国風にそう呼んでいたのだ。やがて過酷な労働をさせるマイクロ隊に入れさせられる。マイクロバスの中で寝泊まりをし、統一協会系の韓国の会社が作った珍味などの物品を売る。

それが80年代のはじめぐらいまでだ。それから壺を売りつける時期に入る。大理石の壺も韓国の統一協会系の会社が作っていて、これを高額で売る。最初は少し高めくらいの値段で売ったのだがうまくいかなかったので、霊的な理由をつけて高く売り始めたところ、それが成功してしまった。

他の教団なら厳しい批判を受けるとその後そういう活動はしにくくなり、やがて警察の手も入り解体していく、あるいは穏健なやり方に変えていく。しかし統一協会は、被害者が教団を訴える裁判が多々起こされたものの、教団はずっと続いてきた。そこが他との大きな違いだ。なぜかというと、始めから政治家に応援をされていた、つまり政治家との連携で守られていたからだ。しかも岸信介や福田赳夫、あるいは金丸信といったかなり有力な政治家らの威光によって助けられたのだ。

だからトラブルがあっても警察の手入れの対象にはならない。そしてマスコミも、特に大新聞はあまり批判的な報道はしない。これが、統一協会が攻撃的なままで長く活動できた理由である。今回の事件で、ようやくその実態が見えてきた。統一協会は60年ほどの歴史があるが、オウムは宗教活動を始めてから潰れるまで10年だった。

統一協会で重要なもう一つの点は本部が韓国にあるということだ。韓国にとって日本は歴史的経緯からして罪ある存在であり続けているから、日本の国民に対する攻撃的な行動は韓国の教団本部から見ると悪いことには感じられない。日本の国内でこれだけの批判を受ければ、普通なら立ちゆかないが、統一協会の場合は何を言われても自分たちは正しいと思い続けてきたわけだ。つまり、どんな批判を受けても決して自分たちの主張を曲げない。

日本はサタンの国だから、偽りや脅しを言って布教することが、始めから正当化されていた。霊感商法は、霊感などというものがあるとは思っていない人たちが、あたかも普通の信徒を霊能者のように見せかけて布教するというものだ。こういう手法が早い段階で確立され、韓国の教祖に貢がせるためには虚構の事柄を堂々と言うことが当初から正当化されていた。それを行わせる際は正体を隠し、責任を問われると信者が勝手にやったと言う。早い段階から一貫してそのようにやってきた。

統一協会が70年代の終わりから80年代にかけて日本の宗教状況を悪化させて、80年代の中ごろからオウム真理教事件の95年までの間に「カルト問題」があっという間に広まっていった。統一協会は違法、あるいは違法すれすれの行為を、堂々と宗教団体が行うということを日本国内で先導したと言える。

ただ、攻撃的な宗教が問題を起こすというのは世界的な現象でもある。アメリカでは1978年の人民寺院事件、84年にラジニーシ教団事件、93年にブランチ・ダビディアン事件が起きている。これらの事件では危険な宗教集団が長期的に存続してはいない。ここが統一協会との違いだ。統一協会は海外では乱暴なことをそれほどしてはおらず、布教に成功もしてもいない。日本でだけそれに成功したのは政治的保護があり、かつ外来宗教だったと考えられるが、そこには時代的・政治的背景もあった。

60年代末、世界的に学生運動が盛り上がった。パリの五月革命や東大の入試が潰れたりしたが、その大きな要因としてベトナム戦争があった。この時、韓国は多くの若者をベトナムへ兵隊として派遣した。当時、韓国は朴正煕による軍事独裁政権だったが、南が圧倒的に有利という時代ではなかった。軍事独裁政権だから、国内でも過酷な取り締まりがされていた。そこで共産主義化や反戦平和運動に対抗する原理運動が生まれた。これを高く評価したのが自民党の右派だ。この時期、米国のキリスト教右派と日本の国粋右派が連携する基盤があった。

このように考えると、統一協会は北米のキリスト教の中の宗教右派と言うべき潮流と比べた方がよいのかもしれない。実際、統一協会は北米の宗教右派との連携に力を入れてきた。トランプ元大統領が統一協会を支持する情景が何度か放映されたが、これは偶然ではない。日本のキリストの幕屋が宗教右派的な傾向を見せることも思い起こしてよいことだろう。

専制主義的な政治家が、民衆に基盤をもち権威主義的な傾向をもつ教団と協力しあって勢力を伸ばすという現象が、冷戦終結後に目立つようになっている。日本の統一協会の問題を、このような視点から捉え返す必要もあるだろう。

(しまぞの・すすむ)

【検証 〝協会〟の実相と教会の課題】 先人による「原理運動」への警鐘 弁護士 河田英正さん 2022年9月21日

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