台湾の英雄と化したカナダ人宣教師 天江喜久 【東アジアのリアル】

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2022年は北台湾宣教150周年に当たり、台湾基督長老教会(以下、長老教会)ではさまざまな記念行事が予定されている。台湾の北部に福音を伝えたのはカナダ人宣教師ジョージ・マッカイである。イギリス長老派の宣教拠点であるアモイ、台湾南部の打狗(のちの高雄)を経て、1872年3月9日に台湾北部の淡水に到着したが、淡水河を入る際、「ここが私があなたを遣わす地である」というお告げを聞いたと自伝で回想している。

マッカイは1901年6月に57歳で没するまで、60以上の教会を設立し、2400人を超える信徒を得たといわれる。また、初歩的な医療技術を駆使して、20年間で2万1000本の歯を抜いたともいう(当時の台湾では多くの人々が虫歯が原因の病気に苦しんでいた)。宣教一筋の彼は当初結婚しなかったが、のちに周囲の説得で、女性宣教推進のため現地人女性と結婚している。16歳年下の妻「張聰明」は客家の出身で、3歳で生みの親に売られた過去を持つが、当時の女性としては珍しく纏足をしていなかった。2人は二女一男をもうけている。さらには教会伝道の一環でマッカイが建てた学校と病院が北部初の西洋式施設だったことから、台湾近代教育と医療の先駆者とも謳われている。

マッカイ一家(1895年ごろ)

今日マッカイの活動拠点だった淡水には、先人を顕彰した銅像が二体あり、赤レンガの淡水教会、診療所、教鞭をとった「牛津学堂」などは市の重要文化財に指定されている。マッカイの墓は、そのほかの外国人宣教師の墓地と比べてひと際目立っている。またマッカイを題材にした書籍や作品も数多く、漫画や絵本のほか、人形劇や記念切手まである。2008年には、マッカイの生涯を描いた作品が台湾初の台湾語でのオペラに選ばれ、公演された。このように、マッカイは、教会人口が全人口の5%に満たない台湾でいわば英雄的な扱いを受けているといえる。

とはいえ、その死後から一貫して英雄視されていたのかというとそうではない。マッカイの顕彰運動が本格的に始まったのは2000年ごろと、比較的最近のことである。よって、マッカイは「作られた伝統」であり、その背景には台湾ナショナリズムの台頭があると筆者は考える。要するに、台湾が中国から独立した政治共同体であるとの主張が強まり、2000年に戦後初の政権交代が実現すると、それまでの鄭成功や呉鳳といった「中国人」に代わって、「台湾人」の英雄が渇望され、その一人として白羽の矢が立ったのがマッカイだったというわけである。

マッカイは、西洋人でありながら台湾語を懸命に習い、マスターし、台湾人の妻と結婚し、死して台湾の土になった。それはまさしく台湾への愛にほかならないという解釈である。そしてこれは、死んで今なお台湾に埋葬されることを拒み、祖国中国への帰還を望んでいる蒋介石・蒋経国父子に対する当てつけともいえる。したがって、現代のマッカイ顕彰運動には政治的要素があり、台湾独立を掲げる長老教会もその運動の一翼を担っている。上記のオペラをはじめとする多くの作品には、必ずと言っていいほどマッカイ臨終のシーンが登場する。「わが人生最善の時間をここ台湾で過ごした。一点の悔いもない。この命を捧げた台湾を私から引き離すことはできない」。そう言い残してこの世を去るマッカイの姿に台湾人は感動する。

このマッカイと対照的なのが、南台湾初のイギリス人牧師であるリッチー(1840~1879年)である。ごく最近までほぼ忘れられた存在であった。マッカイ同様、台湾で病死し、埋葬された。彼の墓碑は、戦後初期までは先立った長男とともに高雄外国人墓地にあったが、そこが国共内戦の混乱のなか台湾に避難してきた難民に占拠された後は、跡形もなく消え失せてしまった。リッチーは、高雄、屏東に多くの教会を建て、危険を冒して未開の東部台東まで宣教に出かけた。また夫人とともに南部初の女学校建設の礎も築いた。同じスコットランド系のマッカイに北台湾に行くように勧めたのはリッチーで、共に淡水まで同行している。にもかかわらず、その墓碑は現存せず、その偉業を称える碑一つないのは近年まで長老教会が外国人宣教師の歴史を重んじてこなかったことの証拠ではないだろうか。淡水外国人墓地にあるカナダ人宣教師たちの墓は、マッカイを除いて、どれも皆荒れ果てたままだ。この点だけをとっても韓国の教会とは大違いである。宣教150週年という節目に当たり、感謝はもちろんのこと、悔い改めもまた必要なことではないのかと思わずにはいられない。

 

天江喜久
 あまえ・よしひさ 台湾・高雄在住、2児の父。台南・長栄大学(長老派)台湾研究所副教授。2007年、ハワイ大学で政治学の博士号を取得したのち台湾に渡り、以後、主に台湾近現代史の研究をしている。妻が高雄韓国教会で宣教師として奉仕しており、自身も教会の執事を務める。

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