【夕暮れに、なお光あり】 小さな勇気 渡辺正男

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中村草田男という俳人がいました。「降る雪や明治は遠くなりにけり」の句はよく知られていますね。中村草田男は、「妻に倣いて『天なる父』の名呼びて朱夏」の句のように、キリスト者の夫人の影響もあって、晩年洗礼を受けました。

草田男の作品の中で、最も好きな句を紹介します。

勇気こそ 地の塩なれや 梅真白

受難節に入りました。主イエスの葬りに関わったアリマタヤのヨセフの「勇気」を思い起こします。十字架上の主イエスを見守っていた女性たちは、悲しみの中にも、誰が葬りをしてくれるのかと気が急いていたでしょう。男性の弟子たちは、不甲斐なくも、身を隠してしまったのです。その時に、アリマタヤのヨセフが立ち上がりました。

ヨセフは、社会的地位や立場のある人でした。それ故でしょうか。ヨハネによる福音書に、ヨセフは「イエスの弟子でありながら、ユダヤ人たちを恐れて、そのことを隠していた」(19:38)と記されています。

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そのヨセフが、「勇気を出して」(マルコ15:43)立ち上がりました。主イエスの引き取り方を申し出て、ていねいに葬ったのです。使徒信条に「死にて葬られ」とありますね。

この後のヨセフがどうなったか、定かではありませんが、苦労したのではないでしょうか。外典の「ニコデモ福音書」にこういう1節があります。「ヨセフは、イエスの埋葬を担ったため、ユダヤ人に捕らえられ、窓のない部屋に拘束された」と。

ヨセフは、後悔したでしょうか。主イエスに小さな奉仕ができた、と心の底で納得していたのではないか、と私は思っています。

顧みて、私たちにも、「小さな勇気」を出す時があったでしょうか。それとも、大事な時に立ち上がれなかった悔いがあるのでしょうか。

私は、青森の雪深い地にある伝道所から招聘を受けた時、迷いました。新田次郎の『八甲田山死の彷徨』を基にした映画を見て、雪の凄まじさに尻込みをしたのです。でも、連れ合いに背を押されて、心定めて伝道所に赴任しました。

悔いること多い中で、「小さな勇気」であった、と思っています。

 「勇気を出しなさい」(ヨハネによる福音書16:33)

わたなべ・まさお 1937年甲府市生まれ。国際基督教大学中退。農村伝道神学校、南インド合同神学大学卒業。プリンストン神学校修了。農村伝道神学校教師、日本基督教団玉川教会函館教会、国分寺教会、青森戸山教会、南房教会の牧師を経て、2009年引退。以来、ハンセン病療養所多磨全生園の秋津教会と引退牧師夫妻のホーム「にじのいえ信愛荘」の礼拝説教を定期的に担当している。著書に『新たな旅立ちに向かう』『祈り――こころを高くあげよう』(いずれも日本キリスト教団出版局)、『老いて聖書に聴く』(キリスト新聞社)、『旅装を整える――渡辺正男説教集』(私家版)ほか。

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