8月16日 エゼキエル書12章3節

人の子よ、あなたは捕囚の荷物を造り、白昼彼らの目の前で捕らわれの身となって行きなさい。
エゼキエル書12章3節(参考箇所同書12章1〜28節)

神は、やがてバビロン捕囚の時がやって来る、その時エゼキエルは「反逆の家」であるイスラエルの人々の中に住んでいると言われます(1節)。「反逆の家」と呼ばれるほどのイスラエルの人々の中に彼もいるのであり、彼らと共に囚われの身となるのです。彼は「人の子よ、あなたは捕囚の荷物を造り、白昼彼らの目の前で捕らわれの身となって行きなさい」と命じられます。この言葉はさらに4、6、7節にも繰り返されます。例外者であってはならないのです。捕囚の当事者となってはじめて預言者たり得るのです。

それはちょうどキリストが徴税人や罪人の仲間となられたように(マタイ福音書9章11節)、彼もまた捕囚の憂き目を見る仲間の一人であり、「見る目を持っていながら見ず、聞く耳を持っていながら聞かない」不信仰な人々の中にいなければならないのです。いわばエゼキエルもまた罪人となることが求められていることに他なりません。預言者としての使命は、神の御心を伝えるべき相手と同じところにいることによってのみ果たし得るというのは、すべての伝道に遣わされる者に求められていることです。

賀来 周一

賀来 周一

1931年、福岡県生まれ。鹿児島大学、立教大学大学院、日本ルーテル神学校、米国トリニティー・ルーテル神学校卒業。日本福音ルーテル教会牧師として、京都賀茂川、東京、札幌、武蔵野教会を牧会。その後、ルーテル学院大学教授を経て、現在、キリスト教カウンセリングセンター理事長。

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