1月23日「私のこれらの言葉を聞いて行う者」

私のこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている(マタイ7:24)

建物は、外面が美しくても、その土台が強固でなければ、地震や洪水によって倒壊する。私たちの人生も同様である。試練の時に立ち続けられるかどうかは、人生の土台をどこに据(す)えるかによる。人生の試練には、重い病気を宣告される時、事故や災難に巻き込まれる時、愛する者と死別する時、経済的困窮に直面する時、人々の誤解や中傷によって孤立する時、年老いて体が衰える時、死が近いと知る時、そして最後に、神の裁きの時がある。

知識、経験、富、友情、家族など、私たちが得たものによって乗り越えられる試練もあるだろう。しかし人生には、それらが何の役にも立たない厳しい試練の時がある。その時にしっかりと立つことができるのは、岩の上に家を建てた者であると主イエスは言う。岩なる神を信頼する信仰者こそ、厳しい試練の時にも倒されないで立つことができる者である。

神への信頼という人生の土台は、どのようにして築かれるのか。主イエスは今日の聖句で、「私のこれらの言葉を聞いて行う者」と言った。これは、主イエスの言葉を道徳的教訓として聞くことではなく、主の言葉を聞いて従うことである。私たちは試練に遭うと、ぐらついてしまう弱い人間であるが、主の言葉を聞くことによって、主に信頼する信仰が与えられ、試練に抗して立つことができる。主イエスの愛は変わることなく、最後まで私たちを支え、すべての試練を益に変えてくださる。主イエスを人生の土台とする信仰は、順境の時も、逆境の時も、聖書を読み、主の言葉を聞き続けることによって確立されてゆく。

内藤淳一郎

内藤淳一郎

西南学院大学神学部卒業後、日本バプテスト連盟の教会で牧会、鹿児島大学哲学科のカトリックの神学の学びから、鹿児島ラ・サール高校でも教える。日本バプテスト連盟宣教室主事、日本バプテスト連盟常務理事を8年間務める。

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