私が牧師を務める教会は、人口7万数千人、北海道の地方中小都市として知られる室蘭市にあります。おそらく世間一般として持たれているこの町の印象は、北海道を代表する鉄鋼工業地域ということかもしれませんが、実は山や湾と太平洋から三方を海で囲まれた、とても自然豊かなところでもあります。季節による山の実りが鳥や動物たちに恵みをもたらし、近海ではイルカやクジラ、そしてさまざまな野鳥の渡来が観られます。単身で教会に赴任しもうすぐ10年目を迎えようとしていますが、この町での生活は自分にとってたいへん住み心地の良いものとなっています。
しかし、最初の2、3年ほどは孤独感や寂しさを覚えることがたびたびありました。わずかに開いている店以外のほとんどがシャッターで閉じられた商店街のアーケード。半世紀前の最盛期に建てられた空室だらけの市営工業住宅。人通りの少ない町の中心街。荒涼とした海岸沿いの風景。1年を通してしょっちゅうある曇り空の日。冬の凍てつくような海からの風。
1週間のうちに、教会のプログラムがない3日間は、誰とも話をしないということも珍しくありませんでした。セイコーマートの店員さんに「おにぎり温めますか?」と聞かれて答えた、「いえ、けっこうです」という言葉が、その日自覚的に発した唯一の言葉ということもありました。単身であることゆえの寂しさ、内向的な性格のために人との関わりにあまり積極的になれなかったことからくる孤独感があったことを踏まえつつも、それまで地方ではあっても都市や県庁所在地にしか住んだ経験のなかった私にとっては、このような地方の町の日常に直面し生活することが気持ちの沈んでしまう要因になっていました。
そのような状況ではありましたが、これは振り返ってしみじみ思うことなのですが、誰かと関わることが私にとって得難い慰めと励ましの機会になっていたことに気が付かされます。教会の皆さんと聖書の言葉やそこから示されるメッセージを分かち合ったこと、時々連絡をくれる友人と日常の何気ない近況を共有したこと。
また、同教派の北海道地方連合では、教会や牧師、牧師の家族が孤立しないようにということも考慮しながら、さまざまなプログラムを通じて直接出会うことを大切にしています。広大な北海道の各地域に点在する教会が一つの場所に集まることは時間や体力、費用面でもたいへん難しいことだと思います。新型コロナウイルスの感染拡大や財政の減少の影響に伴い、直接出会うことができなかったことや、その機会が縮小されていることも事実です。またコロナ禍以降、オンラインによるプログラムから豊かな恵みを得る機会も増えてきました。そのような現状がありつつも、連合として諸教会から献げられた献金により、費用面についてできる限り手厚く補助するなどしながら、直接出会うプログラムの機会を大事にしています。
私個人の経験としてですが、孤独感や不安にさいなまれることは、人口が減少し、それに伴って町全体が衰退している地方特有の状況や風土においても身近な事柄になり得ます。ただ、落ち込んでいるその時点ではあまり実感として持てませんでしたが、誰かとの一つひとつの関わりや、それを大切にしようとする組織としての取り組みが、孤独感や寂しさからの回復に必要な力になっていたことを、時を経てあらためて強く思わされています。
よしだ・なおし
1977年岩手県生まれ。高校卒業後は、実家が経営する食料品や惣菜を販売する商店に勤務。30代半ばに牧師として献身することを志し、西南学院大学神学部に入学。卒業後、2016年4月から室蘭バプテスト・キリスト教会牧師。