ユダヤ教の祭日は太陽太陰暦であるユダヤ暦に基づいているため、西暦上では毎年異なる日付になる。ユダヤ暦新年は通常9月ごろなのだが、今年(ユダヤ暦5785年)は少し遅めの2024年10月3日に始まった。新年を迎えるに当たり、イスラエル人口移民庁は前年の新生児に与えられた最もポピュラーな名前に関する統計結果を発表した。
それによると、国全体での男子トップ5は「ムハンマド」「アダム」「ヨセフ」「ダヴィド」「アリエル」で、女子は「アビガイル」「タマル」「ミリアム」「サラ」「ヤエル」であった。ユダヤ人に限ると、男子が「ダヴィド」「アリエル」「ラヴィ」「ラファエル」「オリ(あるいはウリ、オリとウリは別の名だがヘブライ語表記は同じ)」、女子は「アビガイル」「タマル」「ヤエル」「ノア」「サラ」。「ムハンマド」が男子
で1位なのは、イスラム教徒の間ではきわめてポピュラーな男子名だからであろう。イスラエルの人口はユダヤ人約75%、アラブ人約25%で構成されているのである。
私がふだん大学で接している20代から30代の世俗派ユダヤ人には、この結果には入っていない「ロニ」や「トム」のような、どちらかと言えば意味よりも音に重点を置く名前、「タル(ヘブライ語で「露」の意)」や「ガル(同じく「波」)」といった一般名詞由来の名前がよく見られる。「タル」や「ガル」は男女双方に用いられる名前でもある。また、かつては男子にしか付けられなかった「オムリ」や「ノアム」といった名前を持つ女性も増えている。だがこの統計結果を見ると、「ダヴィド」や「アビガイル」「タマル」など聖書由来の名前が優勢である。人気がある名前のトレンドが変わったのかもしれないし、超正統派や宗教派に属するユダヤ人の出生率の高さを表しているのかもしれない。
姓については毎年統計が取られているわけではないが、2021年の調査結果によるとユダヤ人で最も多い姓は「コーヘン」、続いて「レヴィ」、かなりの差がついて以下「ミズラヒ」「ペレツ」「ビトン」「ダハン」「アブラハム」となっている。「コーヘン」はかつてエルサレムに神殿があった時代の上級祭司の家系、「レヴィ」はいわゆる下級祭司の家系である。現在では上級祭司の「コーヘン」姓の数が「レヴィ」姓をはるかに上回っているのが興味深い。「ミズラヒ」はヘブライ語で「東方の」を意味し、中東や北アフリカ出身のユダヤ人を指すのだろう。「ペレツ」と「アブラハム」は聖書に登場する人物。「ビトン」はマグリブのユダヤ人に多い姓で、アラビア語に由来する「ダハン」は北アフリカやシリアのユダヤ人に多い姓である。祭司家系以外では、中東や北アフリカ系のものが上位に入っている。
こうして見ると、上位を占める姓は一見してユダヤ人と分かるものが多い。そのような姓には利点もあろうが、その一方で差別や攻撃の対象となり得るリスクもある。イスラエルでは姓名ともに名前の変更は比較的簡単にできる。16歳以上であれば、内務省に名前の変更を、理由を書いて申請する。手数料を支払って、審査で承認されれば手続きは完了する。夫婦は同姓でも別姓でも複合姓でもいい。子どもの姓も父母どちらでもよい。婚姻を伴わずに改名することもある。例えば私の息子は現在、結婚せずにパートナーと暮らしているのだが、彼女は最近妊娠をきっかけに、息子の姓(つまり日本姓)に改名した。結婚する必要は感じないが、改名だけはしたいと思ったのである。
日本では夫婦別姓の権利が政治的イシューになっているが、世の中にはさまざまな改名の仕方、家族のあり方があると思ったことであった。
山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995年より現職。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。昨今のイスラエル社会の急速な変化に驚く日々。