主の御名をあがめます。
皆様いかがおすごしでしょうか。MAROです。
本日もクリプレにお越しいただきありがとうございます。
聖書のランダムに選ばれた章から思い浮かんだよもやま話をしようという【聖書からよもやま話】、今日は 旧約聖書、列王記第二の17章です。よろしくどうぞ。
列王記第二 17章15節
彼らは主の掟と、彼らの先祖たちと結ばれた主の契約と、彼らに与えられた主の警告を蔑み、空しいものに従って歩んだので、自分たちも空しいものとなり、主が倣ってはならないと命じられた、周囲の異邦の民に倣って歩んだ。
(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)
空しいものに従って生きると、自分たちも空しいものとなる。重いことばです。人生を空しいものにするのは簡単なことです。ただ空しいものに従えば良いだけですから。
大学入試や資格試験など、世にはたくさんの「受験」がありますが、これに失敗することも簡単なことです。的外れなtテキストをたくさん読んで、意味のない問題集をたくさんこなせば良いだけです。そこに費やした労力は文字通り空しいものです。何も勉強をしないのと同じ結果になるわけですから。反対に、適切なテキストをたくさん読んで、適切な問題集をたくさんこなせば、その勉強は決して空しくはならず、良い結果を得ることができます。
もう20年以上も昔の話になりますが、大学受験のために予備校に通っていた頃、先生が「このテキストを勉強して、この問題集をやりなさい」と教えてくれたにもかかわらず、「そんなの意味がない」とか「俺は俺流でやる」とか、それを無視した友人が少なからずいました。結果的にその友人たちは志望の大学に入ることができませんでした。受験において何より大切なことは、読むべきテキストや、こなすべき問題集を選ぶことです。ここを間違ってしまうと努力が実りません。ここが何よりも難しく、そして重要なポイントなんです。予備校に通う一番の理由は、この重大ポイントを経験豊富な先生たちが教えてくれたり与えてくれたりするということです。このポイントさえクリアできれば、あとは粛々とそれをやればいいだけです。それさえ分かれば、いわゆる「難関」と言われる試験であっても想像以下の労力で通過することができます。もちろん「想像以下」と言ってもそれなりに大変ではありますけれど。
人生もまた、似たようなものかと思います。人生を良く生きるために何よりも重要なポイントは「何をすべきか、何に従うべきか」を決めることです。これが人生における最大の難問です。これを自力で見つけるのは難しいことです。しかし神様は予備校の先生のように「従うべき道」を聖書を通して教え、また与えてくれているのですから。僕たちはそれを粛々と行えばいいだけです。これを無視して生きることは、せっかく予備校の先生が教えてくれたテキストや問題集を無視して、的外れな勉強に時間を費やして受験に失敗してしまうのと同じです。
受験や人生を険しく厳しいものにしてしまうのは、的外れな努力なんです。努力を効率よく結果に繋げる方法はありますし、それは実は先生や神様がしっかりと懇切丁寧に教えてくれているものです。それに従うかあくまで自分流でやるかは自分次第ですけれど。
それではまた。
主にありて。
MAROでした。
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