陣痛が始まったのは夕方を過ぎた頃であった。
すぐにも出産かと思われたのだが、本格的な陣痛が訪れるのに時間がかかり、分娩室に運ばれたのは深夜であった。病院の方針で、分娩には謙作も立ち合うことになっていた。謙作にとっては初めての体験であった。
入室して10分後。
「息を吸って。吐いて。吸って。吐いて」
看護師の言葉と一体化して、真沙子が大きく息を吸ったり吐いたりしている。汗ばんだ真沙子の手をにぎりしめている謙作は、自分も一緒にお産をしているような気持ちになっていた。
「もうすぐですよ」
谷野医師が告げる。
いよいよ山場がやってきた。
「がんばって!」
「その調子!」
「頭が見えてきましたよ!」
謙作の手をにぎりしめる力が、ひときわ強くなった。
「今だ!」
「いきんで!」
汗に濡れた5本の指が謙作の手に食い込む。
うーんといきんだ次の瞬間、大きな産声(うぶごえ)が上がった。
「生まれた、マコ!」
真沙子はホッとした表情で夫の手をにぎり返した。
「おめでとうございます」
看護師たちが口々に言った。
「ありがとうございます」
頭を下げた謙作の眼は真っ赤に潤んでいた。
タオルに包まれた赤ん坊が看護師に抱かれてきた。
谷野医師が満面の笑みで真沙子に告げた。
「元気な女の子さんですよ」(つづく)