【連載小説】月の都(49)下田ひとみ

 

病院に着いた真沙子は、分娩控え室に直行させられた。着替えを済ませると、直(ただ)ちに点滴が始まった。

分娩控え室は広く、向かい合わせに4つずつ、8つのベッドが並んでいた。ベッドとベッドの間はカーテンで仕切られている。真沙子が入室した時は2つのベッドが埋まっており、それぞれに家族らしき人が付き添っていた。

真沙子のベッドは入り口から右の列、奥から2番目であった。入院の手続きを終えた謙作が部屋に入ってきた。真沙子の点滴の落ち具合を確かめたあと、謙作はベッドサイドの椅子に腰かけた。

「いよいよだね」

「うん」

「がんばれよ」

「ケンちゃん、あのね……」

そう言ったきり、なぜか真沙子は黙ってしまった。

「何?」

「もし、もし男の子だったら、ごめんね……」

謙作がほほ笑んだ。

「何言ってんだよ。キキョウちゃんはジョーク。どっちだっていいんだよ。そんなこと、気にしてたの?」

「だって……」

枕元の明かりが真沙子の顔をだいだい色に染めている。

謙作は真沙子の前髪にそっと手を触れた。

「命が与えられるんだよ。神様からぼくたちに」

「……」

「男の子だって、女の子だって、これ以上の贈り物なんてないよ」

謙作は真沙子の前髪をゆっくりと指で梳(す)いている。真沙子は天井を見つめて不安そうに言った。

「いろんなことを考えるの。どんな子供が生まれてくるのかな。女の子だったらいいな。そうしたらケンちゃんが喜ぶだろうな。男の子だって嬉しいけど。でももし、どこか障がいがあったら、どうしよう……。そんな子供のお母さんに私はなれるかしら。もしもそんな子供が生まれてきたら、ケンちゃんはどう思うかな」

謙作はきっぱりと言い切った。

「たとえ障がいがあったとしても、その子供はその子供として完全な姿で生まれてくる。ぼくはそう信じてるんだ。それにマコなら大丈夫。その子供にとって、きっとマコは世界一のお母さんになるよ。神様がぼくたちを親と見込んで預けてくださった子供なんだから。どんな子供でも、どんと来いだよ」

「ありがとう……」真沙子の目尻を涙がひとすじ伝った。「ケンちゃん、頼もしくなったね」

「3人目だから、ね」

真沙子は視線を移すと、謙作の眼を見つめていった。

「お願いがあるの」

「何?」

「手をにぎっていて」

真沙子の手を謙作はにぎりしめた。(つづく)

月の都(50)

下田 ひとみ

下田 ひとみ

1955年、鳥取県生まれ。75年、京都池ノ坊短期大学国文科卒。単立・逗子キリスト教会会員。著書に『うりずんの風』(第4回小島信夫文学賞候補)『翼を持つ者』『トロアスの港』(作品社)、『落葉シティ』『キャロリングの夜のことなど』(由木菖名義、文芸社)など。

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