東京都町田市にある玉川大学教育博物館で、玉川学園創立95周年を記念した特別展「イコンにであう-キリスト教絵画のみかた-」が開催されている。玉川大学は日本有数のイコン・コレクションを持つことで知られているが、特別展では100点あまりの所蔵品の中から55の優品を展示。遠方からも多くの人が鑑賞に訪れている。
関連イベントとして角(すみ)茂樹氏(玉川大学客員教授・元駐ウクライナ特命全権大使)、瀧口美香氏(明治大学商学部准教授・ビザンティン美術史研究者)による記念講演会のほか、ワークショップやギャラリートークが企画された(講演会とワークショップは終了)。
瀧口氏による講演会後、瀧口氏と今回の展示を企画担当した萩原哉(はじめ)准教授、菅野和郎教授に話を聞いた。
――玉川大学はキリスト教主義学校ではないものの礼拝堂もあり、キリスト教の雰囲気が漂っています。イコンもキリスト教美術だからということで収集されたのでしょうか。
萩原 玉川学園は創立者の小原國芳(おばら・くによし)がクリスチャンだったのですが、小原がイコンにであったのは1976年、日本橋三越でイコン展が開催されたときでした。小原は非常に感銘を受け、よき宗教教育のためにはよき宗教画が必要であると考え、イコンを収集することを決めたのです。その意志は後継者の小原哲郎に引き継がれ、79年の創立50周年記念行事の一環としてイコンの収集が開始され、その際に買い求めたロシアやギリシアのイコンが、現在のコレクションの核となっています。その後も収集を続け、国内有数のコレクションを形成するまでになりました。
――ビザンティン美術の専門家の目には、玉川大学のイコン・コレクションや今回の特別展はどのように映るのでしょうか。
瀧口 日本でこれだけのイコンのコレクションを見ることができる機会は、なかなかないと思います。展示の仕方にも細やかな工夫が凝らされていますね。イエス・キリストの生涯を順にたどることができる展示は、聖書に慣れ親しんでいない人にとっても、分かりやすいと思います。聖母子のイコンも複数展示されているので、見比べてみることができそうです。今年、ベオグラードとソフィアのイコン博物館を訪れましたが、タイトルだけで解説がほとんどなく、何を表す図像なのかよく分からないことがありました。今回の展覧会では、キャプションもカタログも親切で理解しやすく、本当にすばらしいと思います。
萩原 今回の企画にあたり、瀧口先生の『キリスト教美術史』(中央公論新社)をたいへん参考にさせていただいたので、そう言っていただけて光栄です。お世話になった方といえば、古典スラブ語を読むことのできる宮﨑衣澄先生(富山高等専門学校教授)や中澤敦夫先生(富山大学名誉教授)のご指導、ご協力も大きかったです。多くの方々のお力添えなしには到底ここまで漕ぎつけることはできなかったと思います。当館で次にイコン展を開催するのは10年後になってしまうと思います(笑)。
――展示を拝見して驚いたのですが、山下りんのイコンが6点もありました。もとは静岡のハリストス正教会にあったものだと解説に書かれていましたが、どういった経緯でこちらに所蔵されることとなったのでしょうか?
萩原 山下りんのイコンが6点と、今回は展示していませんが日比和平というイコン画家の作品十数点が静岡ハリストス正教会からの寄贈を受けて、当館に所蔵されています。静岡ハリストス正教会では、旧聖堂が老朽化したために新聖堂への建て替えがおこなわれたのですが、聖堂の規模の縮小により元のイコノスタシス(聖障。内陣と至聖所とを区切る壁)のイコンのすべてを新聖堂のイコノスタシスに収められなくなりました。収まりきらなくなったイコンをどうすべきかが検討される中で、イコン・コレクションを持つ当館の名前が浮上し、様々な点を考慮した上で、寄贈に至ったと聞いています。寄贈の受け入れを担当した柿﨑博孝(現在は客員教授)はイコンの取り外しの際にも現地に行って手伝ったということです。教会の方々が「玉川大学ならば」と信頼をしてくれたのでしょう。その後、修復と保存のための措置が施され、現在のような色彩を取り戻しました。
――小原國芳とキリスト教についてもう少し詳しくお話しいただけないでしょうか。
菅野 小原は鹿児島の出身なのですが、鹿児島県師範学校に通っている時に女性宣教師のランシングに出会い、初めてキリスト教に触れ、後に信者となりました。その後、広島や京都に行っても、教会に通ったようですね。京都帝国大学文科大学哲学科を卒業しましたが、卒業論文を元にした著作の題名は『教育の根本問題としての宗教』でした。玉川学園を創設したのは1929年のことで、小原は寄宿舎の生徒たちと朝の礼拝も行っていました。時間割上、礼拝の時間が設けられるのは第二次大戦後のことです。しかし、創立以来「全人教育」を掲げ、真・善・美・聖・健・富の六つの価値を調和的に創造することを教育の理想としてきました。このうちの「聖」が宗教のことですね。本学では創立以来、宗教教育が大事だとされてきたわけです。それは、信者や聖職者を育てる伝道としての宗教教育ではなく、絶対的存在を知っておそれ敬う心を養うことに重きを置くという意味での宗教教育です。
――ありがとうございました。
通常、物事に「であう」際は「出合う」を、人などの存在に「であう」際は「出会う」を使うが、特別展「イコンにであう」では平仮名で「であう」と表現されている。イコンに物理的に出合いながら、その奥にあるものに出会うという、二重の意味の「であう」が込められているのだろうか。選りすぐりのコレクションに目を見張るばかりだが、その中からどんな声を聴き、何を感じ取るのか。物言わぬイコンに「であう」ため、次は10年後になるかもしれない貴重な機会に、玉川の丘にぜひ足を運んでみたい。
特別展「イコンにであう-キリスト教絵画のみかた-」は1月19日まで。開館時間:前9時~後5時(入館は後4時半まで)。休館日:土曜、日曜、祝日(1/11、18、19は開館)。入館無料(事前予約不要)。問い合わせは玉川大学教育博物館(Tel 042-739-8111)まで。
特別展「イコンにであう-キリスト教絵画のみかた-」概要(動画)
https://www.tamagawa.jp/campus/institutions/museum/#info
玉川学園の歴史>ランシング先生(玉川学園公式サイトより)
https://www.tamagawa.jp/introduction/history/detail_11554.html