レベル1トラウマセンター銃撃事件(後編) 【関野和寛のチャプレン奮闘記】第23回

15歳の少年が、自宅で友人と口論となり、銃で顔を撃たれて病院に搬送された。搬送先は、重篤な外傷患者を受け入れるレベル1トラウマセンター。わたしは上司のチャプレンとともに、駆けつけた父親のケアのため現場へ急行した。

病室前に到着すると、父親は過呼吸となり、完全にパニック状態に陥っていた。上司は「カズ、水を一杯、紙コップで持ってきてくれ!」と告げ、わたしは急ぎナースステーションへと走った。

戻ってきた時、そこには想像を超える光景が広がっていた。父親は泣き叫びながら病室の扉や壁を激しく蹴り、警備員2人に取り押さえられていた。直前、医師から息子の死亡が宣告されたのだ。 「嘘だ! 嘘だ! 俺の息子が殺されたのか! 嘘だあああ!」

父親は絶叫を続けていた。しかも撃ったのは、少年の友人であるという。怒り、絶望、混乱、悲しみ――そのすべてが父親の体を突き動かしていた。

この病院では、こうした痛ましい出来事は決して珍しくない。だからこそ、防弾チョッキを着た警備員が常駐している。だが、こんな極限状況において、宗教者にいったい何ができるというのか。言葉が見つからず、身体中から脂汗が噴き出していた。

私は震える手で紙コップの水を上司に渡した。上司は、父親に向かって静かに声をかけた。

「お父さん、過呼吸になっています。ゆっくり息を吸って……そしてゆっくり吐きましょう……そう、その調子です。脱水状態になっていますね。水を少し飲みましょう……」

すると、父親はさっきまで暴れていたとは思えないほどの力で上司にすがりつき、泣きながら叫んだ。 「神さま……息子を返してください……お願いです……私たちは教会にも通い、ずっとあなたを信じてきたではありませんか……」

その後、父親は約1時間、上司に抱かれたまま、ただひたすら泣き続けた。この日、私が行ったのは、父親と上司のそばに立ち、何度か水を運んだことだけであった。それだけのことであったのに、勤務終了後も私はオフィスの椅子から立ち上がることができなかった。圧倒的な無力感に包まれていた。

そこへ上司がやって来て、語りかけてくれた。「トラウマセンターで家族が死に直面した時、人は大きく分けて四つの防衛反応を示す。『Fight(闘争)』『Flee(逃避)』『Freeze(凍結)』『Fawn(服従)』だ。これは、危機やトラウマに直面した時に人間の脳と身体が自動的にとる、生存本能に根ざした反応だよ。誰もが無意識に、自分を守るためにそうする。あのお父さんはまさに“Fight”の状態だった」

「“Flee”はその場から逃げ出す、“Freeze”は思考も身体も固まり動けなくなる、“Fawn”は過剰に相手に同調して危機を避けようとする反応だ。それぞれ違うようでいて、どれも人間の本能的な防衛反応なんだ。だから無理に止めてはいけない」 「そして感情をある程度吐き出せた時、人は落ち着くタイミングを迎える。その時に、君が持ってきた水が必要だった。汗と涙で脱水状態になり、極限の精神的緊張状態にあるとき、人には水が要るんだよ」「君は今日、必要なことをすべてやった。よくやった。チャプレンは、身体と心のすべてを使う仕事だ。
今日感じたこと、見たことはここに置いて帰りなさい。家には持ち帰らなくていい」

その言葉に背中を押され、私はようやく病院を後にすることができた。

この日、私は「水一杯の力」と「ただ隣に在ること」の重みを知った。チャプレンとは、ことばを尽くす者ではなく、極限の現実に共に立つ者なのだということをあらためて教えられたのだった。

*個人情報保護のためエピソードはすべて再構成されています。

レベル1トラウマセンター銃撃事件 【関野和寛のチャプレン奮闘記】第22回

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