7月20日「緊張性の不信仰の状態」

 わたしの教会はアメリカ【に蔓延する洋風思想】郊外【によくみられる出世思考、資本主義社会の勝者】、そして個々の来会者のエゴで構成されている。教会員のほとんどの人々は「自分たちの目標」と「神がその人々のために立てておられる目標」とが同じだと考えている。これは宗教的な錯誤の中で最も古い類である。つまり、それは「神とわたしたちとの間にある違い」を認めたがらず、「神とは自分自身の欲望を満たしてくれるはずの何かだ」と漠然と考え、そうして「神とは自分たちの欲望を満たしてくれる何かと、その関係を上手く調整してくれる人」を宗教的指導者として雇う。それは間違いである。それなにの、わたしは(彼らが雇った牧師の一人だが)、実は一切、そのようなことは出来ない。

 だがもし、信徒各位がそれぞれ「こうなりたい」という願いを持っているのに、その願いを叶えるための援助をしないならば、わたしは報酬を信徒各位から受け取りながら何を行っているのだろうか? わたしは破壊的活動家になっている。わたしは「自我の王国」を根源から掘り出し、神の国を樹立しょうとしている。神が行って欲しい存在に信徒がなっていけるように、わたしは破壊的建設という手法を通して信徒を助けている。

 しかし、それは偽りだろうか? いや、必ずしもそうとは言えない。わたしは自分自身について偽ったことを言ってはいない。わたしは自分の言葉と行為を真剣に受け止めている。どれほど真剣かというと、信徒が知ったら、信徒が緊張的不信仰の状態に陥ってしまうほど真剣に受け止めている。

神の人々に対しては、このような基本的で本質なことを、繰り返し繰り返し伝えなさい。神の御前で「敬虔的なあら捜し」をしないよう警告しなさい。そんなことをすると、信仰が少しずつ削ぎ落されてしまう。そうしてただひたすら、あらゆる人が摩耗しているではありませんか。神のためにベストを尽くすよう専心励みなさい。気おくれなどしてはいけません。真理を明確かつ単純に示し続けなさい。
―― テモテへの手紙(二)2章14~15節

*引用される「聖書の言葉」はピーターソンさんの翻訳・翻案を訳したものです。

63db463dfd12d154ca717564出典:ユージン・H.ピーターソン『聖書に生きる366日 一日一章』(ヨベル)
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