統計によって得られる称賛がある。だが、それは信仰とは無関係である。輝かしい世間のイメージがある。しかし、それは服従とは無関係である。「従うことは犠牲にまさる」という預言者の神託(サムエル記上15章22節)がある。それは重要ではっきりとした声明である。その声明によって示される主題は後に、イザヤ(1章11~15節)やアモス(5章21~27節)やホセヤ(6章6節)によって引用され、説教の主題として見事に語られた。その声明は今も「自分のために信仰共同体を操る人」と「教会の主に仕える人」とを区別し続けている。
イエスは言われた。「あなたがたは絶望的である。あなたがた律法学者とファリサイ人たちよ! 詐欺師だ。あなたがたは手入れの行き届いた墓場のようなものである。草は刈り取られ花は咲いているが6フィート下は腐った骨と虫が食った肉しかない。人々はあなたがたを見て聖人と考えるだろうが、体の内側は全くの詐欺師である。
―― マタイによる福音書23章27~28節
*引用される「聖書の言葉」はピーターソンさんの翻訳・翻案を訳したものです。