イスラームにおけるトイレの文化 サイード佐藤裕一 【宗教リテラシー向上委員会】

預言者ムハンマドは言った。「清浄さは信仰の半分である」。また、こうも言った。「恥部を隠しなさい」。イスラームにおけるトイレの文化は、「清浄」と「恥」の2本の柱から成り立っている。

現代イスラーム圏における女子トイレは、日本のそれと表面的に変わらない。ただし、温水洗浄便座ではないトイレについては通常、水が噴き出るホースが脇に付いている。それがなければ水差しが置かれている。男子トイレでも「大」用の個室の状況は、女子トイレと同様である。ただし日本で見られるような小便器は一般的ではなく、ほとんどの場合、全個室になっている。

こうした状況の背景には、前述の「清浄」と「恥」という理由がある。まず、水が使用できるようになっているのは、排泄口の洗浄用である。イスラームでは大小の排泄後に、その汚れを除去することが宗教義務となっている。その際に紙などを用いても問題はないが、水で落とすのが一般的である。この洗浄作業は大の場合も小の場合も、左手を用いることになっている。排泄物の汚れはナジャーサと呼ばれるが、礼拝する時にこのナジャーサが身体や衣服や場所に付着したままだと、その礼拝は有効とはならない。この「清浄」という概念と行為はイスラームの教えの中で、たいへん重要な地位を占めている。イスラーム法学書は通常、この「清浄」の項から始まる。

一方、男子トイレに小便器がほとんど見られないことに関しては、前述の「清浄」と「恥」という両方の問題が絡んでくる。預言者ムハンマドが生きた1400年前にはこうした便器はなかったわけだが、彼が排泄する際には、大はもちろん小の場合でも、なるべく人目につかないところで行い、座って用を足したとされている。男性が小の場合でも座って用を足すのは、尿が飛び散って自分の身体や衣服などを汚さないようにするためである。他方、人目につかないようにして排泄するのは、「アウラ(恥部)」を隠すためである。

洗浄ホースがついた個室の便器

アウラは本人の年齢や性別、相手との関係性などによってその範囲が異なるが、ひと言で言って「他人に見せてはいけない身体箇所」のことである。ムスリム女性がベールや長衣を着用するのは、まさにこのアウラを他の男性から覆うためだ。成人の女性同士、または男性同士に関して言えば、生殖器や排泄口を含む下半身を見せることは夫婦間以外、御法度となる。

こうして見ると、イスラーム圏で男子トイレに小便器が普及していない理由がお分かりだろう。離れた距離から排尿しなければならない構造の小便器は、ナジャーサが付着するリスクが高く、かつ洗浄行為においても困難を伴う。また、もしその問題がクリアできたとしても、自分自身のアウラが他人の目に触れてしまったり、他人のアウラが図らずも視界に入ってしまったりするリスクも依然残る。

ということで、ムスリム男性は小便器と個室があったら、小便の際でも個室を使って座って行うのが普通である。ただし、状況が許さない場合には、前述の注意点に留意しつつ、小便器を利用することも許されている。

なお、マスジド(モスク)付属のトイレであれば、礼拝に備えての水による清浄を行う特別な「お清め」の場所が併設されていることがほとんどである。

さいーど・さとう・ゆういち 福島県生まれ。イスラーム改宗後、フランス、モーリタニア、サウジアラビアなどでアラビア語・イスラーム留学。サウジアラビア・イマーム大卒。複数のモスクでイマームや信徒の教化活動を行う一方、大学機関などでアラビア語講師も務める。サウジアラビア王国ファハド国王マディーナ・クルアーン印刷局クルアーン邦訳担当。一般社団法人ムスリム世界連盟日本支部文化アドバイザー。

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