第14回キリスト教書店大賞に『証し 日本のキリスト者』(KADOKAWA)が選ばれたことを受けて10月4日、オンラインを介して行われた授賞式(キリスト教出版販売協会主催)に著者の最相葉月さんが出席し、受賞の喜びを語った。構想10年、取材6年。135人のキリスト者(取材自体はさらに多数)への聞き書きを1000ページ超の圧倒的ボリュームでまとめた渾身の長編ノンフィクション。執筆の背景には自身の幼いころの記憶や、節目に訪れたキリスト教との出会いがあった。
スピーチの冒頭で、同書の取材に協力した関係者、および大賞に推薦した書店員への謝辞を述べた最相さんは、加藤寛氏(兵庫県こころのケアセンターセンター長)との共著『心のケア 阪神・淡路大震災から東北へ』(講談社)や『セラピスト』(新潮社)、『ナグネ――中国朝鮮族の友と日本』(岩波書店)の執筆をする過程で、カウンセリングの起源が宣教師の働き、教会での牧会につながっていることを知り、いつかキリスト教を取材したいと願っていたことを打ち明けた。
またSNSの普及で誰でも何でも発信できるようになり、災害時の緊急対応などで効果を発揮した一方、人を貶めるような言説があふれる中で、「生きることに対する切実さはここには現れないということを痛感し、信徒の方々の声をまず聞くことで、そこから始まる何かがあるかもしれないと感じ、取材で全国をまわる決意をした」と振り返る。
同書について、教会が発行する「証し集」のようなものと誤解されがちだが、あくまでノンフィクションであり、いかに教会に通い、神を信じるようになったかという体験を聞きつつも、そのまま再現するのではなく、さまざまな角度から質問を重ねることによって当人が思いもしなかった心の内や、新たな発見などを引き出し、編集意図をもって全体の構成を練り、一つの作品として完成に至っている。
幼いころ、プロテスタント教会附属の幼稚園や日曜学校にも通っていたという最相さんは、当時、自然に接していた聖書やカードに書かれた聖句が、今も自身の中に残っていると実感することがある。他方、これだけキリスト教主義の学校や病院などがあるのに、実際の信者が少ないことに驚いたという。
昨年9月には、母校である関西学院大学で院長の中道基夫氏(神学部教授)とも対談し、その模様が「現代社会に生きるうえで〝信仰〟を持つ意味とは」と題して同学院のウェブマガジン「月と窓」にも掲載されている(https://tsuki-mado.jp/250/)。
対談では、『証し』の取材中、田川建三氏(新約聖書学者)から聖書について学び、そのすばらしさに初めて気がついたとし、「関学時代にちゃんと学んでおけば良かったんですが(苦笑)、いつ出合ったとしても聖書が史上最大のベストセラーでありロングセラーである意味がわかるはずです。信じる信じないは、そのあとでもいいと感じました」と語っている。
コロナ禍を挟み、ようやく刊行された『証し』は、偶然にも安倍晋三元首相の銃撃事件の余波を受けて思わぬ方向からの注目を浴びることになった。「取材した中にもたくさん『2世』の方がいらっしゃいました。事件をきっかけに自らの信仰を問い直した人もいたと思います。親の立場であれば、子どもたちにとって自分たちの信仰が何らかの重圧になっていたかもしれないと。虐待の話も報じられましたが、カルトか正統かに限らず、
体罰を受けたという証言はこの本にも出てきます。そのことはやはり、認めなければいけないと思います」
新聞紙上で人生相談の回答者を15年以上担当してきた経験から、確信を持って言えることがあるとも話す。「キリスト教の取材をしてから思うのは、この人に信仰があったらどれだけ救われただろうかということ。新聞ですから『教会に行きなさい』とは言えませんが、それぐらい教会が生きる力になるという人たちが確実にいる。そういう方が潜在的にたくさんいるということを、教会は忘れないでいただきたい」
*全文は紙面で。
さいしょう・はづき 1963年、東京生まれの神戸育ち。関西学院大学法学部卒。科学技術と人間の関係性、スポーツ、近年は精神医療、カウンセリングをテーマに取材。97年『絶対音感』で小学館ノンフィクション大賞。2007年『星新一 一〇〇一話をつくった人』で大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞、日本SF大賞、08年同書で日本推理作家協会賞、星雲賞。
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