自殺願望とコロナ室 【アメリカのコロナ病棟から 関野和寛のゴッドブレス】第6回

「パスターカズ! 君の担当は4階のコロナ病棟だが、患者が凄まじく増えている。昨日から3階もコロナ病棟になった。行ってくれるか⁉︎

はっきり言えば、これはコロナ患者が倍増したという意味ではない。風邪の受診だけで数万円もかかるアメリカ、日常的に医療から遠ざけられているホームレスや貧困層にも少しずつ検査が行き渡り、治療していない持病と共にコロナに感染した低所得の人々が運ばれてくる。また、精神を病みホームレス状態になっている人々、自殺願望を持っている人々、さまざまな人々が運ばれてくる。

この日は自殺危機にある大学生が運ばれてきた。原則、自殺願望を持っている患者の部屋には服毒のリスクがある薬物、鋭利な物や首を絞める類のロープ状のものの持ち込みは厳禁。だが、ここには点滴の針からチューブから、何から何まで危険物質でありふれている。病棟チーム内での会議が急きょ招集され、看護師が交代で24時間、その病室につめて患者を監視することになったのだ。

ただでさえ人手不足、さらには次々に運ばれてくるコロナ患者のケアで忙殺されている看護師たち。しかも交代とはいえ、リスクのある完全に密閉されたコロナ室に居続けなくてはならないのだ。私はその様子をじっと見ていた。いや、ガラス越しに見つめることしかできなかった。それでも看護師に、「私にできることがありますか?」と聴くと、あっけなく「No」との答え。砂を噛むような無力さを感じオフィスに戻る。すると上司より、「24時間監視役をしている看護師に、30分私が見守りを代わるから休んできてくださいと言ってみては?」とアドバイスを受ける。

次の日、その言葉を携え再びコロナ病棟に。そして何とか監視役の看護師に代わり、私がその自殺危機にあるコロナ患者の部屋に入る。ベッドの上から人員交代を懐疑的な目で見る大学生。その眼差しがすべてを物語っていた。すべてに失望しているのだ。自分の家庭、社会、これまでのこと、未来、そして世界中を襲っているコロナパンデミックの嵐の中心に自分がいること、そしてその中で自分が監視され続けていること、それらのすべてに絶望しているのだ。

そんな所に全身防護服の日本人牧師がやってきたとしても、毒にも薬にもならないことは分かりきっていた。心を開いてもらうとか、気持ちを通わせるとか、相手のために祈るという押し付けになり得るものはすべてコロナ室の外に捨てているつもりだ。だからひと言だけ声をかける。「こんにちは、チャプレンの関野です。僕は医者でもセラピストでも何でもないし、君に何もしないし、何も聞かないよ。30分だけここに座ってていいかな?」

もちろん返事はなかった。私は、大学生も時計も何も見ずにただ床を見て座っていた。「プシューッ、プシューッ」――重装なマスクを通した私の呼吸音だけが室内にこだまする。一呼吸ごとに全身に緊張が走る。私はコロナ病棟の只中でただただ息をし続けているからだ。そんな自分との葛藤の中で、ただただ座っていた。「プシューッ、プシューッ」――何度、極限まで緊張した呼吸を繰り返しただろうか。人間は不思議だ。緊張を通り越し、私はそこで居眠りをしてしまっていたのだ。時計を見ると、約束の時間30分はだいぶ過ぎていた。私が「じゃあ、帰るね」と言うと、大学生はなんと言葉を返してきたのだ。「明日も来てくれる……?」「オフコース!」そう答えて私は、全身防護服を脱ぎ捨ててコロナ室を後にした。

なんとも言えないほのかに熱い想いがこみ上げてきた。私は何もできない。大学生のコロナも治療できないし、自殺願望の苦しさも助けられないし、聖書の一節も伝えられない。でも、明日の約束ができた。それだけでいい気がした。「明日も会おう」、それは「明日も一緒に生きよう」「狂った世界だけれどもそれでも明日1日生きてみよう」、そんな希望なのではないだろうか。それだけでいいのではないか。

*個人情報の都合上、登場人物や出来事は再構成されています。

「アメリカ病院聖職者の1日レポート!」アメリカ奮闘記

 

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空気は読まない、時代の波にも乗らない 【アメリカのコロナ病棟から 関野和寛のゴッドブレス】第1回

 






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