米カリフォルニア州ロサンゼルス周辺の山火事で12以上の礼拝所が破壊されたパシフィック・パリセーズ長老教会の副牧師、グレース・H・パーク氏が「レリジョン・ニュース・サービス」に寄稿した。
――言葉がない。家を失い、教会を失い、町全体を失った人々に、誰が何を言えるというのか?
胸を引き裂かれるような、吐き気を催すような苦痛を表現する言葉はない。深い悲しみに終止符を打つような言葉も浮かばない。パシフィック・パリセーズの壊滅的な山火事の後の日々には、ただ言葉がない。
家屋や教会、愛する小さな町を失った今、パシフィック・パリセーズで牧師として働くのはどんな気持ちかと、人々は私に尋ねる。神学校でも、人生においてさえも、このような出来事に対する備えなど何もない。
この言葉にできないほどの悲劇の後では、まるで世界全体が足元からひっくり返ったような気分だ。ウクライナでもなく、ガザ地区で繰り広げられた恐ろしい戦争でもないが、これはまさに今起きている恐ろしい出来事である。その惨状はあまりにも悲痛で、あまりにも現実的だ。
私たちが故郷と呼んでいた町は消え去った。私の同胞の家々は有毒な灰と化し、喜びと希望を分かち合うために集まった教会は跡形もなく消え去った――すべてが、飽くことなくすべてを焼き尽くす炎に奪われたのだ。
この1週間、私はこれまで想像もしなかったことをする羽目になった。瓦礫の中で行方不明になっている愛する人のための捜索と祈りに請われたり、着ている服しか持たず、この世で所有するものをすべて失った人々を慰めたりした。家をいくつか失ったが教会は建っていた、または教会は全焼したが家は無事だったというなら、それは一つの事象に過ぎないだろう。
しかし、すべてが失われてしまったのだ。
私は、私の同胞から数えきれないほどの喪失や心痛の話を聞いている。最近、ある90歳代の女性がアルツハイマー病で夫を亡くした。そして、彼女の心の安定が落ちたため、運転はもうできないと言われ、車と自由を失った。最後の打撃は、彼女の家、教会、町、そしてパシフィック・パリセーズで60年以上暮らした生活がすべて煙になってしまったことだ。明日、子どもたちが彼女を迎えに来て、カリフォルニア北部の彼らの家に一緒に移り住む予定だ。
ヨブのような感じ、と私に言ったのは、彼女が初めてではない。
山火事の翌週の日曜日、私たちは近くの姉妹教会から借りた集会所に初めて集まった。人々は、1週間の悲劇的な出来事からまだ立ち直れず、ショックで涙を流しながら集会所のドアをくぐった。しかし、私たちは祈った。そして一緒に歌い、涙を流しながら歌った。
詩編23篇4節は私たちにこう語りかけています。「たとえ死の陰の谷を歩むとも/私は災いを恐れない。/あなたは私と共におられ/あなたの鞭と杖が私を慰める」。今こそ、私たちはこの言葉をしっかりと胸に抱き、その深い真の意味を理解すべき時なのだ。
しかし、どうすればよいのだろうか?
牧師である私にさえも、今のところは答えが見つからない。神が、私たちにしっかりと持ちこたえ、しっかりと踏みとどまり、神を見つめるよう呼びかけておられるということが私の知っているすべてなのだ。私は教会に、教会は建物や場所ではなく、そこに集う人々であることを忘れないよう求めている。そして、私たちはまさに今、これまで以上にこの現実をしっかりと心に留めておく必要がある。ストレスの多い状況では、私たちは最も愛する人たちを傷つけてしまうということを、私たちは思い起こす必要がある。なぜなら、彼らは常に私たちを愛してくれていると分かっているからだが、このような暗闇のときには、お互いに慈悲と忍耐を少し多めに与え合う必要があるのだ。
私たちは、神がすべてのことに存在し、すべてのことを通して存在しているということを覚えておく必要がある。私たちはただ神を探し求めるだけでよいのだ。私たちは希望を探し求める必要がある。
どうやってすべてを失った人をどう慰めることができるだろうか? 言葉はない。痛みや喪失感を消し去る魔法の粉も、呪文も、タイムマシンもない。牧師にはそれらのことはできない。しかし、私たちは人々と共に歩み、耳を傾け、共に涙を流すことはできる。彼らに「あなたは一人ではない」と伝えることはできる。
これから先の日々、数週間、数ヶ月、数年、私たちは私たちの前に現れる、私たちに慰めと希望、そして平和と喜びをもたらす神の美しいみ業を目にするだろう。私は疑う余地なく、そう信じている。
私たちは皆、人生という旅を共にしている。そして今、しばらくの間、これまで以上に親密に共に歩む必要がある。イエスにより近く、そして互いにより近く、神の手を、そして互いの手も、これまで以上にしっかりと握りしめて。