今日6月9日は有島武郎の命日。小説『カインの末裔(まつえい)』『生れ出づる悩み』『小さき者へ』『或(あ)る女』、評論『惜しみなく愛は奪ふ』を書いた小説家です。
幼少期から米国人宣教師の家で生活しながら英会話を習い、キリスト教主義の横浜英和学校に進みます。そして、札幌バンドを生んだ札幌農学校に入学し、1901年、内村鑑三などの影響から信仰を持ち、札幌独立基督教会に入会しました。その後、米国に留学し、帰国後の10年、信仰への懐疑などから札幌独立基督教会を退会します。
その前年に神尾安子と結婚しますが、7年後には肺結核により27歳の若さで安子を失い、それ以後、本格的な作家生活に入ります。以後、独身を通しましたが、雑誌「婦人公論」記者で人妻だった波多野秋子と恋に落ち、6月9日、二人は長野県軽井沢の別荘で縊死(いし)を遂げました。45歳でした。
童話「一房の葡萄(ぶどう)」は横浜英和学校時代の体験を基に書かれたもので、3人の子ども(長男・行光は、俳優の森雅之)に献辞が送られています。西洋人の子どもが持っていた絵の具を盗んだのが見つかり、先生のもとに連れて行かれますが、そこで若い女の先生は一房の葡萄をくれるのです……。
うがって見ると、絵の具を盗む罪は不倫であり、葡萄とともに和解と赦しを与えてくれた先生は、有島にとって神のメタファーなのではないでしょうか。
それにしても僕の大好きなあのいい先生はどこに行かれたでしょう。もう二度とは遇(あ)えないと知りながら、僕は今でもあの先生がいたらなあと思います。秋になるといつでも葡萄の房は紫色に色づいて美しく粉をふきますけれども、それを受けた大理石のような白い美しい手はどこにも見つかりません。