今年もクリスマスが近づいてきた。昨年、クリスマス・シーズンに聴きたい「お勧めのCD10選」という記事を書いたが、これが思いのほか好評とのことで、今年もさらなる「お勧めCD」を10点ご紹介したい。クリスマスのCDというのは、さまざまな音楽ジャンルにおいて作られていると思うが、ここでは筆者の専門を生かし、おもにクラシック音楽の分野を中心にディスクを選んだ。
やはりクリスマス・シーズンだからこそ「少年たちの美しい澄んだ声」で癒やされたい──そう思う向きもあるだろう。そこで、実力は抜群だが、日本ではまだ知られていない少年合唱団のCD2点をご紹介したい。
ひとつは、南ドイツに拠点を置くウィンズバッハ少年合唱団。バッハやヘンデル、メンデルスゾーンなどのオラトリオや宗教曲を得意とし、実力は折り紙つき。その美しい歌声は、やや硬質なメリハリの利(き)いたもので、演奏技術もプロの合唱団顔負けのうまさだ。そのウィンズバッハ少年合唱団が歌うクリスマス・キャロル集「さあ来てください、主キリストよ(Nun Sei Willkommen Herre Christ)」をまずはお勧めしたい。
もうひとつは、イギリスの少年合唱団であるウィンチェスター大聖堂聖歌隊。この聖歌隊は、イギリス南端の町ウィンチェスターにある大聖堂の付属聖歌隊で、その混じりけのない純粋な歌声は、まさにイギリスのボーイ・ソプラノの結晶ともいうべき美しさ。彼らの歌声は純粋なだけでなく、必要とあれば決然たるフォルテを示し、表現力も兼ね備えている。今はクリスマス・キャロル集「ウィンチェスターからのクリスマス(CHRISTMAS FROM WINCHESTER)」が季節的にピッタリだが、彼らの歌声に興味を覚えたのなら、イギリスルネサンス期の音楽家ウィリアム・バード(1543〜1623年)の「ミサ曲集」も聴いてみてほしい(むしろ、こちらのほうを推薦したい)。
3点目にお勧めしたいのは、作曲家として知られるジョン・ラッターが率いる混声合唱団、ケンブリッジ・シンガーズによるクリスマス・アルバム「クリスマスの夜(Christmas Night)」。イギリスの合唱団は、大学生レベルでも、とにかくハーモニーがうまくて、レベルが高い。この団体のメンバーも、ケンブリッジ大学のクレア・カレッジの出身者で構成されているが、その澄んだハーモニーで歌われる静かなキャロルは、イヴの夜に聴きたくなること間違いなし。
4点目としては、さまざまなアーティストの演奏からなる、いわゆるコンピレーション・アルバム「ヨーロッパのクリスマス──歌とオリジナル楽器で奏でる敬虔な調べ」を推したい。クリスマス曲の寄せ集めCDは、どうしても商業的で、派手なアレンジの曲ばかりを揃えがちだが、このアルバムは違う。まず「ドレスデン聖十字架教会の鐘の音」からはじまり、鐘の音で終わる。そうした教会でのクリスマスの雰囲気を意識したクラシカルな選曲となっており、商品説明にも「静かな気持ちでクリスマスを味わうためのアルバム」とある。この丁寧(ていねい)なつくりは、どうもそのへんのコンピレ盤ではない。演奏も、作曲家に合った一流どころを押さえているので感心してしまった。ぜひ聴いてみてほしい。
ソロ・アーティストによるクリスマス・アルバムとして、往年の名テノール、エルンスト・ヘフリガーが歌う「古きドイツのクリスマス名歌集」はいかがだろうか。ヘフリガーは、バッハの受難曲の名福音史家として知られ、その祈りを込めるような歌唱は唯一無二であり、いまだに多くのファンに愛されている。このアルバムでは、そのヘフリガーが古楽器の素朴な伴奏を背景に、ドイツ伝統のクリスマス歌曲を歌いあげている。録音は1984年。当時、ヘフリガーは65歳だが、その声はみずみずしい。そして、何とも言えないいぶし銀の魅力がある。隠れた名盤だ。
日本のアーティストのクリスマス・アルバムとして、アンサンブル・エクレジアの「イギリスの古いキャロル」をお勧めしたい。これもヘフリガー盤と同様に古楽器のアンサンブルをバックに、メゾ・ソプラノ歌手の波多野睦美が歌を担当し、イギリスの伝統的なキャロルを歌っている。波多野は「イギリス英語」の発音が非常に美しい(クラシック音楽では、英語の歌詞はイギリス発音が大原則)。そして、彼女の澄んだまっすぐな歌声も、われわれ聴き手の心をとらえてはなさない。
最後に、クリスマスのための宗教曲のCDを4点ご紹介したい。昨年は、クリストファー・ホグウッドの指揮によるヘンデルの「メサイア」のCDを推薦したが、これは少年合唱が歌うものであった。そこで今年は、大人の演奏家による、洗練された演奏の「メサイア」として、トレヴァー・ピノック指揮、イングリッシュ・コンサートによるCDを取り上げたい。ピノック盤の演奏も、基本的に古楽器を用いた快活なものだが、合唱が成人であるゆえに、ホグウッド盤よりもさらに安定感がある。そうした演奏力の安定から、表現もより自在なものとなっている。また独唱陣も素晴らしく、特にアルトのアンネ・ソフィー・フォン・オッターの歌唱は必聴。
バッハのクリスマスのための作品としては、ジョン・エリオット・ガーディナーによる「クリスマスのためのカンタータ集(Bach Cantatas for Christmas)」を推薦したい。これは、バッハが降誕節の祝日のために作曲したカンタータをすべて集めたもので、洗練された高い水準の演奏によってそれを楽しむことができる。バッハが描いたクリスマスの世界を一望できる好企画だ。
昨年はバッハの「クリスマス・オラトリオ」を取り上げたが、今年はフランスの作曲家サン=サーンス(1835~1921年)の「クリスマス・オラトリオ」を聴いてみてはいかがだろうか。サン=サーンスの「クリスマス・オラトリオ」作品12は1858年12月に作曲され、同年のクリスマス・イヴに初演された。5人の独唱者(ソプラノ、メゾ・ソプラノ、アルト、テノール、バリトン)、合唱、弦楽、オルガンとハープを編成とし、フランス風の流麗かつ豊かな音楽でクリスマス物語が展開する。日本での認知度はまだ低いが、2000年代後半にカールス社が楽譜を出版してくれたおかげで、特にドイツでは演奏機会が増えている。CDは、マルティン・フレーミヒ指揮によるドレスデン十字架合唱団の演奏を聴いてほしい。
また、昨年はシュッツの「クリスマス物語」を紹介したが、それを20世紀に、いわば現代版として生まれ変わらせたような作品を最後にご紹介したい。それは20世紀前半に北ドイツのリューベックで活躍した教会音楽家フーゴ・ディストラー(1908~1942年)の「クリスマス物語」作品10。この作品は1933年12月に初演されて以来、高く評価されており、ドイツでは毎年、どこかで演奏されているが、日本ではほとんど知られていないだろう。賛美歌「エサイの根より」のメロディーがさまざまに形を変え、くり返し現れるという非常に洗練された合唱曲だ。ハンス・ヨアヒム・ロッチュ指揮、ライプツィヒ・トーマス教会合唱団の演奏は少し古い録音だが、この作品の素晴らしさを的確に伝えている。
クリスマス・シーズンに聴きたいCD10点を紹介したが、もしまだ聴いたことのないものがあれば、ぜひトライしてみていただきたい。
加藤拓未(かとう・たくみ)
芸術学博士。国立音楽大学大学院(音楽学)修了。明治学院大学大学院博士後期課程修了。2006〜07年、ハンブルク大学音楽学研究所留学。専門は、バッハを中心とする西洋音楽史(特に受難曲やオラトリオの歴史)。11年、テレマンの受難曲に関する研究で博士号。NHK・FM「バロックの森」「ベスト・オブ・クラシック」やNHK・BS「クラシック倶楽部」に解説者として出演し、18年4月からは、NHK・FM「古楽の楽しみ」案内メンバーを務める。合唱団「バッハ ゲゼルシャフト東京」代表。明治学院大学キリスト教研究所協力研究員。著書に『バッハ・キーワード事典』(春秋社)などがある。日本福音ルーテル大森教会会員。