日本のすぐ近くにありながら、その実態については何一つ知ることのできない国・北朝鮮。そこから決死の脱出を試みる家族の死と隣り合わせの道行きに密着したドキュメンタリー映画「ビヨンド・ユートピア 脱北」(配給:トランスフォーマー)が、1月12日(金)より全国ロードショー公開される。その公開を前に、脱北者を命をかけ救出するキム・スワン牧師が緊急来日し、クリスチャンメディアに向けての共同記者会見が19日、CGNTVスタジオ(東京都新宿区)で開催された。妹尾光樹氏(フル・ゴスペル成田教会牧師)が通訳を務めた。
カレブ宣教会牧師のキム・ソンウン氏は、脱北者の支援者であり、「地下鉄道」の中心メンバー。これまでに1000人以上の脱北者を手助けしてきた。本作では、幼い子ども2人と80代の老婆を含めた5人家族の脱北ミッションを、韓国へ亡命した母が北朝鮮に残る息子を呼び寄せようと奮闘する姿と絡ませながら克明に追っていく。再現シーンは一切ない。スマートフォンや折りたたみ式携帯電話で撮影された映像は生々しく、フィクション映画でも描くことのできない、想像を絶する人間ドラマだ。
キム牧師は、韓国の教会に献身して2年経った1998年に、ローマ人への手紙9章3節をとおして、漢民族のために伝道をする使命を与えられた。脱北者の越境地帯として知られる豆満江で、川を渡りきれずにそのまま亡くなったり、寒さで凍え死んでいたりする脱北者の姿を目の当たりにした。大きな衝撃を受ける中でキム牧師の心を強く突き動かしたのは、「同じ民族として一緒に生きることはできないか」という北朝鮮の少年の一言だった。
その後北朝鮮に行くようになった時、のちにキム牧師の妻となる女性と出会った。話を交わすうちに強いつながりを感じたキム牧師は、何とかして韓国に連れて帰り信仰の道に導きたいと思い、脱北するためのルートをいくつも考えた。しかし、どれも危険極まりないもので実現は不可能に近かった。ところが、中国にいた北朝鮮の人が亡くなったことで事態は急変。その人の身代わりとなって韓国に入ることができたのだ。この奇跡的な出来事は、キム牧師の20年以上にわたるミニストリーの始まりでもあった。
神さまは、いつも特別な道を開いてくださる。その道により1000人以上の人を韓国に連れてくることができた。それは神さまのめぐみ、感謝のほか何もありません。
こう話すキム牧師だが、このミッションがどんなに危険であるかは同作品を見れば一目瞭然だ。実際命に関わる怪我を何度も負い、家族・親戚にも危険が及ぶ。その中でも最も辛い出来事は、7歳になる息子が病で亡くなったことだ。40日間の断食をするほどの悲しみを味わったが、「息子が行ったところは天国だ。ならば、息子が生きていたなら、生きるであろう人生の残り全部をかけて北の民族の人たちを救おう」と妻と共に決意した。
今、キム牧師が一番懸念しているのは経済面だ。脱北の成功には、ブローカーの存在が必要不可欠で、彼ら1人に支払う金額は日本円で30万円。そのため1度に救出できるのは3人が限度となっている。しかし、コロナ禍を経て、その金額が200万円に高騰してしまった。また、7月に中国で作ららたスパイ法により、これはでは、脱北者を助けたとしても3年くらいの刑で済んでいたが、この法律では12〜13年の刑に処せらてしまうという。
このように脱北者への支援はどんどん困難になってきている。しかしその一方で、同作品が公開され、2023年サンダンス映画祭においてUSドキュメンタリー部門の観客賞を受賞したことで、世界中に北朝鮮と脱北者の現状が知れわたるようになった。それにより、支援の声が世界各地で挙がるようになった。キム牧師は、たとえブローカーに支払う金額が10倍になったとしても、神さまはその何10倍もの支援の道を開いてくださると力を込める。
会見の最後、同作品に関連する2つのエピソードを披露した。一つは、がんに冒された伝道師が同作品を見て、治療に使うはずのがん保険の全額を「この命を引き継ぐ脱北者のために使ってほしい」と献金し、それにより一人の北朝鮮の女性が救出され、聖書を読み始めたこと。もう一つは、同作品の製作陣のほとんどがユダヤ人であったが、キム牧師のミッションに実際に触れたことで「私たちはキリスト教に改宗しなければいけないのではないか」という声が聞かれたことだ。キム牧師はこう続けた。
伝道師のささげた命、そのことによって生かされた命。私はその中間となって用いられた道具として神さまに感謝したい。地の塩・世の光として与えられた使命を全うしていくならば、神さまは必ず結実の祝福を与えてくださいます。北朝鮮を逃れ初めて聖書に出会った脱北者が、共に支援の側にまわっているケースも少なくありません。これこそが福音の生きた証です。この20年、苦労は数えきれず、体はボロボロです。それでも私は、一番幸せな道を歩んできたのではないかと考えています。この映画をとおしてクリスチャンの信仰がいかなるものであるかをお見せすることができたら幸いです。
『ビヨンド・ユートピア 脱北』(原題:Beyond Utopia)
監督:マドレーヌ・ギャヴィン
製作:ジャナ・エデルバウム、レイチェル・コーエン、スー・ミ・テリー(元CIA)
2023年/アメリカ/英語・韓国語ほか/115分/ビスタ/カラー/5.1ch/G/字幕監修:西岡省二
日本公開:2024年1月12日(金)TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋ほか全国公開
配給:トランスフォーマー
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