【映画評】 メディアが同じ轍を踏まないために 『劇場版 アナウンサーたちの戦争』

 戦後79年目の夏。台湾有事、核の脅威を口実に軍備増強に傾きつつあるこの国にとって、戦争はもはや遠い過去の話ではない。今も戦火の中にある国々では爆撃による死傷者が絶えず、敵を貶めるためのフェイクニュースが飛び交う。2023年8月に「NHKスペシャル」として放送されたドラマが、このタイミングで映画化されたことの意味は大きい。

 戦意高揚・国威発揚のためすべてが駆り出された当時、電波によるプロパガンダの先頭に立たされたアナウンサーにも「戦争」があった。日中戦争から太平洋戦争に至るまで、実在したNHKのアナウンサーたちをモデルに、戦時下で翻弄されたメディアの内幕と関係者の苦悩を描く。

 1941年12月8日、大本営から開戦の第一報を受けた和田信賢アナウンサー(森田剛)は、奇しくも45年8月15日の玉音放送にも携わることになる。その間には、43年10月21日、明治神宮外苑競技場で開催された「出陣学徒壮行会」があった。実況を任された和田は、前日まで母校・早稲田の出陣学徒たちの「本音」を取材し続けていたが、当日、体調不良を理由に急きょ降板し、「壮士ひとたび去りて、復び帰らず」とのメモ書きだけを残す。

 「虫眼鏡で調べて、望遠鏡でしゃべる」をモットーとしていた和田は、レイテ戦などで敗戦色が色濃くなる中、偽りの解説はできないと戦意高揚に資する解説放送は行わなかったという。

 ラジオ放送に限らず、新聞もテレビも、そして宗教者も、国策に加担した罪からは逃れられない。軍歌を量産し、同じNHKによる連続テレビ小説『エール』のモデルとなった古関裕而も然り。その時メディアは、誰の責任において、何をどう伝えたのか。戦後を生きる私たち世代が、「新しい戦前」を迎える前に、今一度検証しておく必要がある。

 制作陣によると映画化にあたっては約20分の新しいシーンを追加し、スクリーン上映に堪え得るよう音響・映像のクオリティも向上。劇場版の公開は、ドラマ制作時には想定されていなかったものの、多くの方に伝えたいテーマ性だったため実現に至ったという。

©2023NHK

 新人女性アナウンサーで和田と結婚した実枝子を演じた橋本愛=写真中央=は、自身のSNSで切実な思いをつづった。「この国の、加害と被害の歴史についても、今世界で起きている戦争、虐殺についても、失われた命について、奪われた命、生活、人権について。一個人として、一社会人として学び、小さなことでも、アクションを起こしていく」

 学徒出陣の「悲劇」について「子どもを、出兵させたんです。人を、殺しに行かせたんです。そこに、右も左も、上も下も、ありません。それを肝に銘じたはずの戦後80年の只中に、この国の我々は生きています。この作品が届いて欲しいと願うのは、とにもかくにも、その一片に至るシークエンスです」と吐露したのは、和田の先輩でマニラ局に派遣される米良忠麿アナウンサーを演じた安田顕=写真左

 過去の歴史を忘れた人類は容易に同じ轍(てつ)を踏む。勇ましい言説が跋扈し、誹謗中傷が日常化する中で、「言葉」が犯し得る罪の深さと、それでもなお「言葉」でしか見出せない希望の価値を思う。

『劇場版 アナウンサーたちの戦争』全国公開中。

公式サイト:https://thevoices-at-war-movie.com/
配給:NAKACHIKA PICTURES

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