ドイツの歴史上、女性初の首相であり、プロテスタント・ルター派信徒であるアンゲラ・メルケル氏。2005年の首相就任から4期務め、21年の任期限りで首相から退くことを18年10月に表明している。これから誰が与党・キリスト教民主同盟(CDU)の舵(かじ)を取るのか。そして、EU(ヨーロッパ連合)の実質的な盟主ともいわれるドイツの政治状況がどのように動くのだろうか。
その中で突如としてメルケル氏の後継者として名前が挙がったのがアネグレット・クランプ=カレンバウアー氏(通称AKK)だ。18年12月に行われたCDUの党首選挙に勝利したAKKは、メルケル氏の信頼も厚く、「ミニ・メルケル」と評されることもある。ただし政策的には、移民政策の見直し(これまでドイツは100万人を超える難民を受け入れてきた)、徴兵制の復活、同性婚反対など、リベラル寄りと見られていたメルケル氏とは一線を引いている。
カトリックの信徒であり、ドイツ・カトリック中央協議会の評議員でもあるAKKが次期首相候補となったことについて、「カトリック・ヘラルド」紙(英)は、「(プロテスタント発祥の)ドイツがカトリックのもとに戻ってくるかもしれない」という記事を出していた。しかし今年2月10日、AKKはCDU党首を辞任し、次期首相にも立候補しないことを表明して人々を驚かせた。
AKKが党首として就任してからの1年は困難の多いものだった。ドイツのおもな政党には、CDUを含む中道派、「緑の党」などの左派、反移民政策を基盤とする極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)がある。特に13年に組織されたAfDは急速に支持を広げており、CDU連合、緑の党に次ぐ第三の勢力としてドイツの政治図を揺るがしてきた。
昨年10月27日に行われた旧東独のチューリンゲン州議会選挙で、CDUが第1党から第3党に転落する一方(前回比11・7ポイント減の21・8%と大幅に減少)、AfDは議席を大きく伸ばし(得票率23・4%)、同州では第二の勢力となった。CDUはAfDの動きに警戒心を強めており、AfDに協力することはCDUのタブーとされていた。
チューリンゲンといえば、同州のAfD代表であるビョルン・ヘッケ氏の発言が以前より国際ニュースで取り上げられてきた。同氏はドイツの歴史教育に異議を唱えており、「記憶に関する政策を180度転換させる必要がある」と呼びかけたり、ベルリンのホロコースト記念館について、「ドイツ人は、首都の中心に恥のモニュメントを建てる唯一の国民」と演説したりするなど、物議をかもしている。その発言により「党のイメージを損ねた」として、AfDは同氏に懲戒処分を下しているものの、同氏の発言が党員たちに大きな拍手をもって歓迎される様子を見ていると、AfD支持者が増えている背景には、移民政策だけでなく、歴史教育や民族観を含めた諸政策に対して、ドイツ国民の間にくすぶってきた不満があると推測される。
そんな中、今年に入り2月5日に事件が起こった。チューリンゲン州首相選で、同州のCDU議員が本部の指示に従うことなく、AfDが支援していたトーマス・ケンメリヒ氏に投票して、当選させたのだ(州首相選は、直接選挙ではなく州議会議員による投票で決められる)。
ふだんは温厚なメルケル首相だが、今回、チューリンゲン州のCDU議員たちがAfDに手を貸したことを「許すことはできない」と語り、怒りをあらわにした。その後、ツイッター上でケンメリヒ氏の当選を祝う投稿をした政府高官が辞任に追い込まれるなど、その影響はドイツ全体の政治状況を揺るがすものとなっている。AfDの台頭に対して、各地のCDU連合を十分に統制できなかったことが、AKKが党首を辞任する理由となったのは明白だ。
ドイツは21年秋までに次期総選挙を実施することになっている。大きく荒れる政治状況の中で、次期首相に誰が名乗りを上げるのか、これから徐々に明らかになってくるだろう。