1945年、原爆投下直後の長崎で、命を救おうと奔走した若き看護学生たちがいた。日本赤十字社の看護師たちによる手記『閃光の影で――原爆被爆者救護赤十字看護婦の手記』を原案に、負傷者の救護に奔走した17歳の少女(田中スミ、大野アツ子、岩永ミサヲ)の視点から被爆直後の1カ月を描いた映画『長崎―閃光の影で―』が公開された。自身も被爆3世として、原爆のテーマに向き合った松本准平監督に話を聞いた。
――戦後80年の夏に公開というタイミングは想定していましたか?
松本 いいえ。もともとは2019年から企画が始まり、コロナ禍を挟んで一時的にペースダウンしたのですが、2022年にロシアによるウクライナ侵攻があり、核兵器の使用も辞さないという緊迫した情勢を受けてプロデューサーと改めて相談し、今こそ実現しなければならないと気合いを入れ直して完成させました。
――ご自身が被爆3世ということで、いつかは撮らなければという思いはありましたか?
松本 はい。ただ、平和への使命感というよりは、長崎でカトリック信徒として生きてきて、教会の中で愛の教えを受ける傍ら、一歩外に出たら原爆が落とされた現実世界で生きているという実感があり、この題材でこそ描けるものがあると思ってはいました。
――作中でもカトリックの信仰を持つミサヲ(川床明日香)が、「(原爆を落とした敵国を)絶対にゆるせない」という友人・アツ子(小野花梨)とぶつかるシーンが印象的でした。
松本 もちろん原案となった手記『閃光の影で』にはない場面ですが、ミサヲに思いを託しながら、やっぱり「ゆるせない」アツ子の気持ちにも感情移入しつつ脚本を書きました。もちろん僕の思いを込めてはいますが、キャラクターに動かしてもらったという側面の方が強いです。
僕の中で、本作の個人的な主題はインマヌエル(共におられる神)なんです。「共にいる」というのは一体どういうことか、作りながら考え続けました。各々のキャラクターにもそういうセリフをいくつか語らせていますが、その問いがきっと平和にもつながると信じています。
――本作の制作にあたっては、他の原爆をテーマにした作品は意識されましたか?
松本 はい。長崎原爆投下の前日を描いた『TOMORROW 明日』をはじめ、改めてさまざまな資料や作品を見直しました。被爆直後を描いた映画はとても少ないのですが、『ひろしま』はかなり参考にしました。
――どこまでリアルに描くかという葛藤があったと思います。
松本 できる限り忠実に描きたいとの思いはありつつ、グロテスクな描写が観客を限定し、本来の主題を覆い隠してしまわないように、少し間口を広く、被爆者たちに感情移入できるよう工夫しました。証言集に綴られたさまざまなエピソードは随所に投影しています。例えばアツ子のように、途中で抜け出して亡くなった家族を見つけ、火葬してから救護現場に戻ったり、ミサヲのように親族を遠くの親類に託したりといった体験は手記にも記録されています。終戦直後、米軍が上陸するにあたって「婦女子は逃げた方がいい」との噂が広がり、相当数の看護師が逃げ出したという事実もあるようです。
©2025「長崎―閃光の影で―」製作委員会
――祖父の徳三郎さんから直接、被爆体験を聞くことはなかったそうですね。
松本 おそらく近しい人も亡くしていて、できれば当時のことは思い出したくもないし、それを子や孫に話すのは本当にしんどいことだったんだろうなと思います。僕がしつこく聞いていたら、もしかしたら話してくれたかもしれませんが。
――証言を書いた一人である山下フジヱさんが映画にも出演されていますが、お話は聞かれましたか?
松本 はい。出演を依頼した際に直接お聞きしました。山下さんは祖父とは対照的で、これまでも家族を含め、多くの方々に証言をされていました。その時も被爆当時の話を始めるとスイッチが入って、いろいろな話をしてくださいました。
――舞台あいさつでは、主演の菊池日菜子さん(スミ役)がかなり過酷な撮影だったとふり返っておられました。特殊なワークショップや独特の演出だったそうですが。
松本 僕としてはこれまでの作品と同じように演出しただけでしたが、この間に舞台演出を手がけたこともあって、そこで改めて俳優との向き合い方を考え直し、いくつか試行錯誤した期間があったので、その影響かもしれません。丁寧に登場人物と向き合うということを求める手法なので、少しでも演技の役に立てていたらいいなと思います。菊池さんの場合、役にのめり込んでくださったのでありがたかったのですが、その分苦しい面もあったと思います。
――「核武装はコスパがいい」という妄言を、参議院選挙の候補者が口にするような最近の風潮をどう考えていますか?
松本 政治的に高度なことは分かりませんが、その発言をされた方には、ぜひ長崎と広島を訪れて、実際に被爆地を見た上で発言をしていただきたいです。もちろんさまざまな課題があることは承知の上で、1万2千発を超える核兵器を保有する世界で生きたいか、あるいは核のない世界で生きたいかという単純な問いとして、若い人たちも含めすべての人に、まずは広島と長崎を知っていただくのが大事だと思っています。80年前の過去の時代劇ではなく、今もアクチュアルな問題ですから。
*全文は8月11日付の紙面で。
(聞き手・松谷信司)
『長崎―閃光の影で―』
7月25日(金)長崎先行公開/8月1日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか 全国公開。
まつもと・じゅんぺい 1984年長崎県生まれ。被爆3世。東京大学工学部建築学科卒業、同大学院建築学専攻修了。吉本総合芸能学院(NSC)東京校12期生。カトリックの家庭に生まれ、幼少期からキリスト教の影響を強く受ける。友人たちとNPO法人を設立し、以降、映画製作を始める。12年、劇場デビュー作となる『まだ、人間』を発表。14年、商業映画デビュー作として、芥川賞作家・中村文則の原作を映像化した『最後の命』を発表。NYチェルシー映画祭でグランプリ・ノミネーションと最優秀脚本賞をW受賞。17年、身体障害とパーソナリティ障害の男女の恋愛を、実話を基に描いた『パーフェクト・レボリューション』が公開。第25 回レインダンス国際映画祭正式出品。22年、盲ろうの大学教授・福島智とその母・令子の半生を描いた『桜色の風が咲く』が公開。国内で多くの話題を呼び、フランス・香港・台湾でも公開。23年、歌舞伎町に生きるゲイと女子大生とホストの三角関係を描いた『車軸』が公開。第47回サンパウロ国際映画祭ほか数々の映画祭に招待される。