睡眠の謎に挑む 柳沢正史さん講演会

 

筑波大学教授で医学者の柳沢正史(やなぎさわ・まさし)さんが8月4日、日本バプテスト連盟・常盤台バプテスト教会(東京都板橋区)で睡眠をテーマに講演会を行った。会場となった礼拝堂には100人近い人が集まり、話に耳を傾けた。

柳沢正史さん=8月4日、日本バプテスト連盟・常盤台バプテスト教会(東京都板橋区)で

柳沢さんは1960年、東京に生まれ、筑波大学大学院医学研究科博士課程を修了。31歳で渡米し、テキサス大学サウスウェスタン医学センター教授と、ハワードヒューズ医学研究所研究員を24年間兼任した。2010年に内閣府最先端研究開発支援プログラムに睡眠研究計画が採択され、母校である筑波大学に研究室を開設。12年より、文部科学省の世界トップレベルの研究プログラム拠点である国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)機構長を務める。米国科学アカデミー正会員。直近では、18年度の朝日賞、慶應医学賞など、国内外で数多く受賞している。日本バプテスト連盟・筑波バプテスト教会会員。

あらゆる動物にとって欠かせない睡眠は多くの謎(なぞ)に包まれており、現代の脳科学の最大のブラック・ボックスといわれる。脳と睡眠は切っても切り離せない関係にあることは分かっているが、それがなぜなのかは明らかになっていない。また、眠気は誰もが経験することなのに、その実態がつかめていない。そんな中で柳沢さんが取り組むのは、「人はどうして眠らなければいけないのか。『眠気』とは何か」の解明だ。

睡眠は通常、深い眠りのノンレム睡眠と、夢を見ているレム睡眠を繰り返している。睡眠中も脳は休んでおらず、脳の燃費も下がっていない。また、睡眠の状態は年齢によって変化し、加齢とともに深いノンレム睡眠が減り、中途覚醒が増えて、続けて深く眠ることが難しくなる。この変化はすでに30代後半から始まっているという。

睡眠研究が難しいのは、睡眠の測定が困難であることに加え、睡眠が脳のどの場所で起きているのか、眠気が生じるのは脳の特定の場所か脳全体なのか、分からないことにある。記憶や視覚情報処理の脳内メカニズムなどはかなり解明されているが、睡眠は単純なことさえ何も分かっていないのだ。

柳沢さんが機構長を務める同機構では、この謎だらけの睡眠について、大学院生を含む140人以上の研究者が集中して研究に取り組んでいる。

柳沢さんが睡眠研究にのめり込んだのは、1999年に脳内の覚醒物質「オレキシン」を発見したことがきっかけ。マウスの夜間の行動を赤外線カメラで撮ったところ、オレキシンがないと覚醒が維持できず、覚醒のためにそれが必須な物質だと分かった。そして、オレキシンの作用を抑えることで自然な睡眠を引き起こせるというアイデアのもと、アメリカの製薬企業が、依存性のない新しいタイプの睡眠薬を開発した。

講演後の質疑応答=8月4日、日本バプテスト連盟・常盤台バプテスト教会(東京都板橋区)で

不眠症と同様、睡眠不足も「睡眠不足症候群」というれっきとした病気だ。不眠症と違うのは、本人の自覚がないこと。そのため、睡眠以外のことで症状を緩和しようとするので、非常に危ないという。

「夜まとめて1回だけ寝る動物は基本的に人間だけ。夜間に自分たちを守れる環境を作って長く深く続けて眠ることができるようになった人間はスペシャルな動物」と柳沢さん。

現在、眠気の正体に向けての研究は着実に進んでいる。脳内の神経細胞のシナプスにあるタンパク質の累積的なリン酸化が鍵(かぎ)となりそうだという。「眠気の影が見えてきたところです。まだまだストーリーは始まったばかりです」

最後に、次のように語って講演を結んだ。

「科学とは、創造主たる神の造られた被造物のメカニズムを、限界のある人間の力で少しでも読み取って行く営みです。すぐに何かに役に立つのではなくて、今まで知られていなかったことを知ることに価値があります。トランジスタの発明につながった量子力学も当初、役に立つとは思われていませんでした。目先のことを気にしていたのでは科学はできません。キリスト教の言葉で言えば、神のわざをひもとくことそのものに価値があると思って私はやっています」

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