台湾原住民勇士の戦死 甦濘・希瓦 【この世界の片隅から】

ロシアのウクライナ侵攻は2022年、全世界に影響を与えた大事件だ。独裁政権の勢力拡張による軍事衝突は、世界中の政治・経済を巻き込み、世界の協力依存関係を無視するものだった。しかし、自由を擁護する世界の諸陣営は一致団結して民主主義と平和共存を追求するよう強く求めている。

昨年11月2日、台湾中を震撼させるニュースが飛び込んできた。1人の台湾原住民の青年、曽聖光(ツンセングアン)がウクライナの戦場で戦死したのだ。彼は、台湾東部花蓮県のサキザヤ(撒基拉雅)族出身、本名(民族名)はSingciangといった。クリスチャンホームで育ち、高校卒業後徴兵に臨み、そのまま軍に入隊、22年2月に退役すると、すぐにウクライナ侵攻が始まった。

曽聖光は、幼いころから、部族内や社会での弱い者いじめや不当な事件などを無視せず、弱者のために自ら進んで立ち上がる熱い心を持つ人物であった。そのため、突然の戦争によってウクライナの国土や住居が突然破壊され、人が殺され、人々が命からがら国外避難する姿をニュースで目にすると、6月にウクライナ領土防衛部隊の外国人志願兵として参戦することを決意する。参戦中、中台関係の緊張がますます高まるのを耳にすると、彼は台湾の現況を憂い、帰国して台湾を守りたいと考えたが、11月2日、ロシアとの交戦中に砲弾が当たり、出血多量により帰らぬ人となる。享年25歳だった。東アジアの外国人志願兵として初めてウクライナで戦死した勇士だった。

曽聖光(1997~2022年、僑務委員会全球資訊網より)

曽聖光が所属していた台湾基督長老教会の阿美中会では12月4日、曽聖光を憶え追悼礼拝がささげられた。牧師は、「私は立派に戦い抜いた」(テモテへの手紙二4:6~8)をテーマに、彼が実践した命の証しを力強く語った。

今、台湾周辺では軍事的緊張とともに、軍事衝突の危機が日増しに高まっている。中国共産党軍は越境侵犯や軍事演習を増大させており、軍機や艦隊が台湾を周回し、中台関係の一線を越えたいという行動が見て取れる。ウクライナ情勢のように、現在の台湾情勢に至る国際危機は、台湾海峡をめぐる両国間の問題のみならず、アジア太平洋情勢の緊迫した危機であることはなおさら明らかだ。戦争と平和は今日の若者にとって、歴史書で学ぶような他人事の課題ではなく、目の前まで迫る喫緊の問題となった。

曽聖光の戦闘服には、台湾とウクライナの国旗が刺繍されていた。彼は台湾人であることを誇っていたのだ。そのため戦地からの映像には、勇気を奮って自由と民主を訴える台湾原住民サキザヤ族Singciangの勇姿がはっきりと残されることになった。彼の命をかけた証しは、台湾人及び原住民の若者に、自分たちの国や民族のアイデンティティを、クリスチャンにはミカ書「人よ、何が善であるのか。/そして、主は何をあなたに求めておられるか。/それは公正を行い、慈しみを愛し/へりくだって、あなたの神と共に歩むことである」(6:8)を吟味させる良い機会となった。

皮肉にも、戦争が頻発し、紛争が激化するほど、人々はキリストの平和の福音をますます待ち望む。「一粒の種が地に落ちて死ぬ」(ヨハネによる福音書12:24~25)ように、彼の死が無駄にならず、この混迷した時代にあって、台湾の自由と民主主義は生涯をかけて守るべき価値と責任であると若者たちに気づかせるようであってほしい。そして、平和と自由と民主主義が全世界で広く結実するように強く願っている。(翻訳=笹川悦子)

 

甦濘・希瓦
スーニン・シーワ
 台湾の原住民族プユマ族。玉山神学院卒業後、台湾神学院で神学修士・教育修士、香港中文大学崇基学院神学院で神学修士。現在、台湾基督教長老教会・玉山神学院(花蓮県)のキリスト教教育専任講師、同長老教会伝道師。

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