150年の香港史を鏡像として、雨傘運動以降の香港市民による反政府運動を逆照射する会心作。
『Blue Island 憂鬱之島』は、まずそのように総括できる。文化大革命時の混乱を逃れるため、1組の男女が決死の覚悟で海へと入り香港へ渡る場面から映画は始まる。とりわけ、英国統治に抗い「親中派」となった1960年代の若者を、「反中国政府」の立場をとる現代の若者が演じるパートは鮮烈だ。本作の日本公開を前に来日したチャン・ジーウン(陳梓桓)監督へ話を聞いた。
――前作のドキュメンタリー『乱世備忘 僕らの雨傘運動』(2016年)は、2014年の雨傘運動に加わる若者たちの楽天性が魅力的に描かれ、活気に満ちた明るいトーンが印象的でした。また雨傘運動のさなかに撮られた短編『表象および意志としての雨』(作為雨水:表象及意志、2014年*1)は、サスペンス調のスリリングな演出が特徴的でした。2019年夏の香港騒擾を主な背景とする今回の新作では、『乱世備忘』から一転して沈鬱なトーンが全編を占め、映像の色遣いさえ違って見えました。このような変化にはどういう意図があったのでしょうか。
まず言えるのは、3作品とも実験的に試みた点が多く、結果的に互いの相違が増えたということです。ただ、今回の作品については構想を組み始めた2017年当初から、雨傘運動を失敗と受け止めていた当時の世相も反映し、「憂鬱」をメインテーマとすることに決めていました。2017年の時点では、雨傘運動を敗北と認識する空気のもと、無力感に支配された若者たちを撮るというアイデアが先行していたのです。
香港は英国と中国との取り決めにより1997年に引き渡されました。私たち香港市民は、これまで一度も自らの意志で己の運命を決めたことがないのです。異なる時代に異なる経験をした香港人同士のズレを通すことで、こうしたいわば宙吊りの状態にある私たちの苦しみに通底する普遍性を浮かび上がらせることができるのではと考えました。
この7月1日で、香港返還からちょうど25年が経った。コロナ禍へ入って以降、日本での香港報道は下火となって久しいが、この間にも統制強化は一層進行し、2019年の反政府デモ関係者らは続々と収監されてきた。50年の年限付きで始まった一国ニ制度も折り返し地点へ至った今、デモの中心にいた若い世代から、時間軸を長くとった本作のような構えが現れたことにまず感銘を受ける。
1997年7月1日までの英国統治時代、とりわけ第二次大戦後の香港は「資本主義世界のショーウィンドウ」として急速な発展を遂げた。中国本土からの流民や同じ英国植民地化にあったインドやマレー半島をはじめ各国からの移民が集まり、市街地は摩天楼化する。急激な変化は様々な社会矛盾を生み、ときに統治者と市民の対立点と化す。たとえばそれは、英国統治への反発から親中派となった若年層による1967年の暴動、いわゆる香港六七暴動へと帰結した。
『Blue Island 憂鬱之島』が新奇なのは、2019年の反政府デモで街頭に立った若者たちが、この六七暴動の当事者を半世紀前の再現劇として演じる点にある。他方、すでに老境へ入った六七暴動の活動家本人もドキュメンタリー部に登場し、自身を演じた現代の若者と対話する。英国統治期に投獄もされた親中派老人と、反中国政府の立場から収監も覚悟する若者が、各々の時代の制約下で自由を希求する点で合致し、互いを認め合う過程が映しだされる。
――本編に登場するかつて英国統治へ抗った高齢者たちは、自らの立場や思想を貫きつづける筋金入りの親中派にみえます。とはいいつつ若者へ共感をみせる人物も見受けられるのですが、実際のところ現代の反政府デモを行う若者たちを彼らはどのように思っているのでしょう。
ひと口に親中派といっても、その考えかたはそれぞれ異なり、とてもひと括りにはできません。ただ、反英闘争の犠牲者となった仲間の墓参りで集う場面がありますね、あそこにいた人たちが、中国共産党に香港をちゃんと回収してもらいたいと望んでおり、「民主」や「自由」を掲げて闘う今日の若者を「反中の子ら」と嫌っているのは確かです。
その一方で、メインの登場人物の一人である楊宇傑さん(71歳。16歳時、共産主義寄りの文芸誌発行により投獄)のように、個人の心情としては現代の若者たちへある種の同情心を抱く人もいます。思想の異なる人物を同じ場へ立たせることにより、これまでとは違った空間を生み出せるのではないかと考えました。
――投獄経験もある楊さんと、楊さんを演じたこれから懲役が課されうる青年が、舞台として設定された牢獄の中で語り合うシーンはとても印象的でした。親中、反中と立場は真逆ながら、己の信念を貫くという一点において、人生の先達と若者とが分かりあい、励ましあう。
あのシーンでふたりがしゃべる言葉は、台本の存在しない本物の会話なのです。撮影ではいつも偶然性(奇遇)を重視しています。とくにドキュメンタリー製作では、あらかじめ用意した計画の実行にのみこだわっていても良いものは生まれません。この部分は予期せず良いシーンが撮れました。しかし実は、同じ構図を別のふたりでも撮っていたのですね。そちらはあまり面白い会話へ展開せず、本編には使用しませんでした。
1987年生まれのチャン・ジーウン監督は幼い頃、香港返還を目前に控えて不安をいだく大人たちの空気を感じながら育った。香港バプテスト大学で映画制作を学んだ後、2014年の雨傘運動へ強い共感を覚える。同年発表の短編『表象および意志としての雨』は、デモ当日常に雨が降る謎を探るフェイク・ドキュメンタリーで、不審さを増す香港政府への痛烈な皮肉が篭る。雨傘運動そのものへ分け入り、公道占拠の現場へ立つ若者らに密着した初長編『乱世備忘 僕らの雨傘運動』は、初対面の人々とも率直に意見を交わすごく普通の若者たちの、騒擾の渦中にも朗らかさを失わない香港人に特有の楽天性がかいま見える秀作だ。
この『乱世備忘』で、カメラがとくに注目する人物がふたりいる。大学で法律を学ぶレイチェルと、教師をめざすラッキーだ。いずれも雲を晴らすような快活な性格の持ち主で、道路を占拠する群衆のただなかを溌溂と闊歩する姿は鮮やかだ。作品が映す2014年からすでに8年がたち、彼らがその後どうなったのかを監督に尋ねると、レイチェルは弁護士となって著名な女性弁護士の事務所で悩みながらも働いており、ラッキーは小学校の英語教師として順調に歩みだしているという。
――『Blue Island 憂鬱之島』の中心人物のひとりに、弁護士のケネス・ラム(林耀強、54歳)がいますね。町弁として忙しなく暮らす様子が描かれる一方、かつて天安門事件(1989年)の際には、学生の抗議運動支援のため北京へ向かう姿も再現されています。のちに中国民主化運動がたどった隘路を目撃し、いまだ強い挫折感を覚えながら若者たちの格闘を見つめているそのくたびれた横顔に、『乱世備忘』の才気煥発なレイチェルの行く末がダブるようにも想像されてしまいました。またラッキーは粤劇(京劇の広東版)に深い関心を寄せる場面が登場し、伝統というより長い時間軸へ連なりうる可能性も感じました。今後彼らを継続的に撮る予定はありますか?
今日の情勢下香港で弁護士として積極的に活動すると、いきおい人権に関する仕事が多くなります。ケネス・ラムにしろレイチェルにしろ現状はとても微妙な立場にあり、彼らにレンズを向けることは一定の困難を伴うのです。もちろん彼らとの連絡はとり続けているものの、いまの香港には撮るべきと感じるものが他にも多くあります。そのような状況なので、とくに彼らを撮る確定的な予定はありません。
またラッキーについて、粤劇に携わるごく短い場面を覚えているひとがまさかいるとは思いませんでしたが(笑)、教育の現場へと進んだ彼もまた難しい局面にあります。教育は洗脳の道具という側面もあり、この面で今はかなり苦戦しているのではないかなと思います(*2)。
香港での逮捕者が中国本土へ送致可能となる「逃亡犯条例改正案」をめぐり、民主化を掲げるデモ隊と警察および政府に買収されたという説も色濃い現地マフィアを含む親中派住民との衝突が猖獗を極めた2019年8月、筆者は香港へ渡航し、3人の若手監督へ取材した。『淪落の人』のオリバー・チャン・シゥクエン(陳小娟)、『翠絲 Tracy』のジュン・リー(李駿碩)、『誰がための日々』のウォン・ジョン(黄進)だ(*3)。各々1987、1991、1988年生まれの彼らとチャン・ジーウン監督とは、少なくとも知り合い以上の関係だろうと直感していたが、今回尋ねてみるといずれも仲の良い友人同士であり、うち2人とはこの訪日直前にも雀卓を囲んだばかりだという。
彼らはみな1997年の香港返還後に思春期を迎えた最初の世代であり、雨傘運動の盛り上がりと同時期にデビューした点で、先行世代の監督たちとは異なる共通項をもつ。1980年代に香港ニューウェーブと呼ばれる黄金期を経た香港映画は、その成熟と返還による社会的緊張とが相俟って1990年代後半に一時的な沸点へ達したあと、この四半世紀は下降線の一途をたどる。急拡大する大陸の映画市場への吸収と政治抑圧によるこの凋落を目の当たりにした彼らはもはや、思春期に映画へ抱いた憧れや未来図からの逸脱を余儀なくされている。
香港映画を代表する名優にして、香港民主化を支持した結果台湾へ移住せざるをえなくなったアンソニー・ウォン(黄秋生)を半身不随の主人公役に迎え、香港映画で初めてフィリピン人メイドへ焦点化した『淪落の人』のオリバー・チャンは3年前筆者に対し、もし香港が以前のままであったならカンフー映画を撮りたかったと話してくれた。また『翠絲 Tracy』のジュン・リーは、いずれは日本占領下の香港島を舞台とした戦争映画を撮り、圧政下にも多様なマイノリティ視点がありうることを示したいと語ってくれた。こうした言葉に鑑みるならチャン・ジーウン監督が、単に悲嘆に暮れる思いから現状を「憂鬱の島」と表現したのでないことは明らかだ。
――香港での映画制作の現状と今後について、若手香港人映画監督の登竜門となって久しい鮮浪潮(*4)を例として伺いたいと思います。名匠ジョニー・トー(杜琪峯)を筆頭に、香港映画の旗手たちが牽引するこの短編映画賞の助成を得て、チャン・ジーウン監督作『表象および意志としての雨』も制作されましたね。ご友人の監督たち(上述3名)も鮮浪潮で何らかの入賞を遂げ長篇制作の機会へつなげています。元来の趣旨からいっても独立性や自由度が重要な位置を占める賞だと思われますが、現在もそのような独立性は維持され、これからも継続可能なのでしょうか。監督自身の今後の方向性とあわせお聞かせください。
危うい状況です。昨年11月香港における映画への締めつけはさらに強化されましたが、昨年の段階ですでに鮮浪潮で注目されていた作品が上映されないということがありました。同様の事態は今年に入ってからもすでに2件発生し、ある台湾作品は放映不可となりました。こうしたケースでは、もはや何がNGの基準かわからないことが多く、関係者も当惑している状態です。今後も厳しい状況が続くことが予想されます。
私自身は、同世代をはじめとした香港の仲間たちと共にあります。この仲間とは、映画を撮る人間や私の映画に協力してくれる人たちのことだけではありません。私は香港を愛し、香港に暮らす人々をこれからも撮りつづけるだけです。
チャン・ジーウン監督が語る「昨年11月のさらなる締めつけ」とは、昨年10月27日香港の立法機関である香港特別行政区立法会において可決された、映画に関し過去へ遡った検閲処罰を可能とする条例改正案をさす。上掲記事「香港の心のゆくえ」の冒頭にて詳述したが、香港における映画検閲体制は日を追うように中国本土のそれへと近づきつつある。大陸側では世界的に著名な監督でさえ新作を上映中止に追い込まれることは現在も頻発しており、香港映画の質的な変容は避けがたい情勢だ。
そうしたなか、香港ニューウェーブ(新浪潮)の精神を文字通りに受け継いだ短編映画賞・鮮浪潮(Fresh Wave)もまた苦境に立たされている。しかしこの苦境を語る監督の穏やかな表情に、筆者はむしろささやかな安心を覚えた。
それは、たとえば名優アンソニー・ウォンが中国政府の意向により商業映画での仕事を干されるなか、駆けだし監督オリバー・チャンによる『淪落の人』への低ギャラ出演で香港映画のアカデミー賞にあたる金像獎の最優秀主演男優賞を獲得(*5)したエピソードはもとより、ウォン・ジョンのデビュー長編『誰がための日々』には香港映画切っての性格俳優であるエリック・ツァン(曾志偉)が主演、ジュン・リーの初長編『翠絲 Tracy』にはいぶし銀のバイプレーヤー、フィリップ・キョン(姜皓文)とベン・ユエン(袁富華)が主演/客演するなど、老若一丸となりこの波を乗り切ろうと構える香港映画人の覚悟が、このチャン・ジーウン監督の表情のうちにも看取された瞬間だった。
そう考え巡らせるなら、『Blue Island 憂鬱之島』のプロデューサーをアンドリュー・チョイ(蔡廉明)が務める文脈も納得される。チョイは雨傘運動による騒乱の2014年から香港の十年後を直視した名作オムニバス『十年』(2015年)、およびアピチャッポン・ウィーラセタクン監修によるそのタイ版『Ten Years Thailand』、是枝裕和監修による日本版『十年 Ten Years Japan』、台湾版『十年台湾』のエグゼクティブ・プロデューサーを担うほか、昨年カンヌ国際映画祭でサプライズ上映され世界的な反響を呼んだ『時代革命』(Revolution of Our Times、 今夏日本公開予定)のキウィ・チョウ(周冠威)監督前作『夢の向こうに』(幻愛、 Beyond the Dream)のプロデューサーをも努めている。そこには各個人を貫く香港映画人の誇りと、連帯する香港人の気概とが感覚される(*6)。
終始軽快な青年ラッキーが、「もし20年後に信念を失っていたら殴ってくれ」と最後に笑う『乱世備忘』から8年。そこにあった明るさは消え、『Blue Island 憂鬱之島』では文字通りに寒色の印象が全編を覆っている。しかしそれは、単なる悲観の表出などではない。終盤、無数の若者たちの顔が一人ひとり映される。名は伏されているが、雨傘運動以降のリーダーとして世界的に著名となった青年ジョシュア・ウォン(黄之鋒)や、香港のTVドラマやインディペンデント映画で主演/出演履歴を重ねてきた俳優グレゴリー・ウォン(王宗堯)なども含まれ、有罪判決が下され現在収監中の者も多い。そこに込められているのはどんな能書きも不要の、連帯への強烈な意志であり、一身に時代を引き受ける決意である。ただ黙してこちらを見つめる彼らの問いかけは鋭く、ひたすらに熱い。
(ライター 藤本徹)
『Blue Island 憂鬱之島』
公式サイト:https://blueisland-movie.com/
2022年夏、ユーロスペースほか全国順次公開。
*1 短編『表象および意志としての雨』は《日本・香港インディペンデント映画祭2017》で日本初上映。原題“作為雨水:表象及意志”、 英題“Being Rain: Representation and Will”。一見してショーペンハウアー『意志と表象としての世界』(作为意志和表象的世界、 The World as Will and Representation、Die Welt als Wille und Vorstellung)由来とわかる題名ながら、監督へ尋ねると深い関連性はないという。
*2『乱世備忘』のラッキーが直面する、香港における教育の困難とはこの場合、主に北京政府の意向を受けた義務教育内容の変更にある。具体的言及を監督は避けたものの、とりわけ深刻なのは北京語(普通話)教育の義務化だ。2019年夏の取材時オリバー・チャン(陳小娟)は妊娠していただけに、子どもたちが何気ない雑談を北京語で交わしている場面に遭遇するようになったと話す彼女の寂しげな表情が忘れられない。
*3 オリバー・チャン・シゥクエン(陳小娟)、ジュン・リー(李駿碩)、ウォン・ジョン(黄進)への筆者インタビュー記事は、スタジオボイス2019年9月号(STUDIO VOICE vol.415)掲載、詳細下記。
*4 鮮浪潮(Fresh Wave)は、香港ノワールの名匠ジョニー・トー(杜琪峯)の呼びかけで設立された、30分以下の短編映画を対象とする映画賞。多くの香港人監督を輩出し、2022年で第16回を迎える。なお監督が話す、昨年上映中止となった作品とはそれぞれ莫坤菱監督作『執屋』、今年の上映中止2件とは王彥博監督作『Time、 and Time Again』と譚善揚+胡天朗監督作『群鼠』、台湾作品とは呉季恩監督作『赤島』をさすと思われる。鮮浪潮公式サイト(https://www.freshwave.hk/)がこれらの作品ページや予告動画を削除せず、むしろ上映中止となった旨をトップページで強調していることそれ自体を強い抗議のあらわれと読みとることも的外れではないだろう。
*5 『淪落の人』は2019年の金像獎8部門ノミネート、受賞は最優秀男優賞アンソニー・ウォンの他、新人監督賞オリバー・チャン、最優秀新人賞Crisel Consunji (フィリピン人メイド役)。アンソニー・ウォン(黄秋生)の金像獎最優秀男優賞獲得は3度目、ほか『インファナル・アフェア』(無間道)等での最優秀助演男優賞2度受賞。その抑圧下での復活劇は、凋落の一途をたどる香港映画界に一陣の涼風をもたらした。
*6 『十年』『Ten Years Thailand』『十年 Ten Years Japan』については、タイ版を軸として筆者寄稿文「兵士、SF、宗教――タイの抽象と具象のあいだで」(『躍動する東南アジア映画~多文化・越境・連帯~』所収)にて詳述。『時代革命』の日本初上映は第22回東京フィルメックスにて2021年11月7日、一般上映は2022年8月13日より(予定)。『夢の向こうに』は《香港映画祭2021》で上映。なお日本版『十年 Ten Years Japan』の一話から同タイトルで長編へと発展させた早川千絵監督+倍賞千恵子主演作『PLAN 75』は、この6月末より日本全国順次公開中。
【参考文献/HP】
藤本徹 「月歩の果て、銀幕の映しゆくもの」『STUDIO VOICE vol.415』所収 INFASパブリケーションズ
藤本徹 「兵士、SF、宗教――タイの抽象と具象のあいだで」『躍動する東南アジア映画~多文化・越境・連帯~』所収 論創社
鮮浪潮 公式HP:https://www.freshwave.hk/
日本・香港インディペンデント映画祭2017公式HP:https://jphkindie.wixsite.com/2017
香港映画祭2021公式HP:http://www.cinenouveau.com/sakuhin/hongkongfilm2021/hongkongfilm2021.html
【関連過去記事】
中国、その想像力の行方と現代 新作映画ジャ・ジャンクー『帰れない二人』、フー・ボー『象は静かに座っている』にみる表現の自由と未来 2019年11月27日
【論点2022】 国安法から1年半 激化する統制への懸念 香港危機とキリスト教 松谷曄介(金城学院大学宗教主事) 2022年2月21日
【本稿筆者による言及作品別ツイート】
『乱世備忘 僕らの雨傘運動』
雨傘デモに参加したごく普通の若者たちが、路上で出会う初対面の人々と率直に意見を交わし手をとり合う。真剣さに裏打ちされたその楽天性が記憶の中の香港人たちそのままで惚れてしまう。幾つも観た2014年の香港を撮る映画の中で、親しみや近しさを一番感じたのは本作。 pic.twitter.com/iTJ6jDYHzV— pherim⚓ (@pherim) July 6, 2018
『表象および意志としての雨』(作為雨水:表象及意志)
雨傘デモ当日は、いつもなぜか雨が降る。雨水から微量のヨウ素が検出され、雨雲の人工発生が囁かれ、というフェイク・ドキュメンタリー。香港の気象天文ファン有志が、ネットやドローンを駆使して政府の秘密研究機関潜入へ至る仕立ての面白さ。 pic.twitter.com/WiVsjOC3sS— pherim⚓ (@pherim) April 23, 2017
『My Way 乾旦路』
香港、若い粤劇(京劇の広東版)役者二人の七年。声変わりで女形ができなくなった元神童の立役と、苦学して遅咲きの花を咲かせた女形、各々の苦悩と葛藤。離島の廟前に仮設小屋を立てての奉納芝居や楽屋景色など見応え山盛。https://t.co/xNCEeKebSQ— pherim⚓ (@pherim) February 10, 2016
『淪落の人』
香港映画で初めてフィリピン人メイドを主役に据える本作は、アンソニー・ウォン扮する車椅子男性との交流を通し、従来の社会格差と香港のキツい現状を活写する。各々の家族問題や夢にタッグを組んで挑む様は『最強のふたり』ばりにスリリング。陳小娟(オリバー・チャン)長編デビュー作。 pic.twitter.com/GP0tpIN33p— pherim⚓ (@pherim) January 27, 2020
『翠絲』“Tracy”
女の心を抱える50代男性が主人公の香港発LGBTs映画。家族の葛藤や価値観の衝突を理知的に描く前半から、老練の粤劇役者が夜街蘭桂坊で己の真性を開花させる中盤を経て、情感烈しい怒涛のクライマックスへ至る構成の妙。香港新浪潮の魂を正しく継承する、李駿碩28歳時のデビュー長編。 pic.twitter.com/5KBR6A3jkI— pherim⚓ (@pherim) August 27, 2019
『誰がための日々』
介護うつに陥り、痴呆の母を殺す青年。目を背けてきた父。信仰へ救いを求める婚約者。双極性障害を発症した青年の瞳は映しだす、英題“Mad World”そのものを。原題“一念無明”の深い闇。それは’88年生まれの黄進(ウォン・ジョン)監督が捉えた、行き詰まる香港社会の精緻な肖像だ。 pic.twitter.com/6PQAXaJyGu— pherim⚓ (@pherim) August 7, 2019
『十年』
香港の低予算秀作オムニバス。大陸中国による統制が強化された十年後の香港を描く。紅衛兵のような息子の同級生から、香港産の卵の「本地(地元産)」表記を糾弾される『地元産の卵』の良構成と演出の抑制が際立つ。鋭い切迫感が通底する他作も、運転手の家族劇や終末SF調など見応えあり。 pic.twitter.com/8K2Uk8YCMn— pherim⚓ (@pherim) June 15, 2017
『十年 Ten Years Thailand』
アピチャッポンの大トリ作がむしろ穏健に見える四話構成。香港&日本版よりのどかとの前評判も見たがとんでもない。軍人が写真展の撤去を命じる冒頭作、公安猫が人追い詰めるSF作の軍政批判は元より、女王が新興仏教率いて支配とかタイなら誰でもモデルがわかるヤバすぎ作 pic.twitter.com/mF94Zom2H6— pherim (@pherim) November 9, 2018
『十年 Ten Years Japan』
ディストピアとして十年後の日本を描くオムニバスで、若手監督5名による短編を是枝裕和が監修。各々コンセプトが興味深く、杉咲花・國村隼人・池脇千鶴らの演技も楽しめた。香港版に比べると、テーマと演出との温度差が否応なく目立ち、この不調和自体に諸々考えさせられる。 pic.twitter.com/s1itfbkvIl— pherim⚓ (@pherim) October 29, 2018
『時代革命』(Revolution of Our Times)
圧巻。
周冠威/Kiwi Chow監督の構成力、映像の圧力、情感迫る描写力、終幕後の止まない拍手。
2014雨傘運動描く『乱世備忘』から2019反送中の『理大囲城』まで、香港デモを撮る各々に素晴らしいドキュメンタリー秀作群のまさに極北。https://t.co/99sBzpfxe7 pic.twitter.com/iunEFpYbbw
— pherim⚓ (@pherim) November 7, 2021
アンソニー・ウォン(黃秋生)といえば、『インファナル・アフェア』(無間道)でのウォン警視。本作で彼は香港電影金像奨最優秀助演男優賞を獲得。なお彼の同最優秀主演男優賞獲得は、『淪落人』“Still Human”↑で20年ぶり3度目。昨今の被抑圧ムードを吹き飛ばす大復活劇でした。https://t.co/zKz1GmHoXv
— pherim (@pherim) August 17, 2019
香港返還当日’97.7.1の描写。『インファナル・アフェア 無間序曲』(無間道Ⅱ)より。
恋愛物でもコメディでも、警察が頻出してきた香港映画、今後は一変するでしょう。
背景には“自らを守る軍隊の不在”があり、これが香港人アイデンティティの輪郭に与えた影響など、教えられることの多い滞在でした。 pic.twitter.com/FuQNjXXEv5
— pherim⚓ (@pherim) August 22, 2019
『PLAN 75』
75歳から健やかに死を選べる制度の奏でる人間模様。
倍賞千恵子、逡巡する横顔の凄味。この深化には驚かされる。社会制度の冷たさと、どうしようもなく枯れゆく心に兆す生への渇望と。『十年 Ten Years Japan』の同題作を、同じ早川千絵監督が質実に更新。寒色の曇調演出が素晴らしい。 https://t.co/pBOykCqydt pic.twitter.com/aIeNX7RSvI
— pherim⚓ (@pherim) June 12, 2022