秦剛平著『七十人訳聖書入門講座──ギリシャ語はいかにして世界を変えたのか』が6月、講談社から出版される。講談社選書メチエの1冊。
七十人訳聖書とは何か。なぜ生まれ、どのように広まり、キリスト教を変え、政治や世界に影響を与えたのか。長年の研究成果を分かりやすく解説した書だ。
著者の秦氏は『七十人訳ギリシア語聖書』の訳者。2002-03年に河出書房新社から『創世記』『出エジプト記』『レビ記』『民数記』『申命記』、2016-18年に青土社から『イザヤ書』『エレミヤ書』『エゼキエル書』『十二小預言書』『ダニエル書』を邦訳・刊行している。最初の「モーセ五書」と呼ばれる5巻は昨年、講談社学術文庫として1冊にまとめられて文庫化された(1200ページ、厚さ4・5センチ)。単行本(1冊3000-4000円)に比べると、この『七十人訳ギリシア語聖書 モーセ五書』は断然手に入れやすくなった(3402円)。
「七十人訳聖書」とは、紀元前3世紀から同1世紀にかけて、ヘブライ語で書かれた旧約聖書をギリシア語に翻訳したもの。新約聖書を書いた使徒や教会はこの七十人訳を使っていたため、新約で旧約の言葉を引用した箇所では、この翻訳を用いることが多い。現在の日本語訳聖書で見ると、ヘブライ語写本(マソラ本文)から訳されている旧約聖書本文と、新約の旧約引用箇所の文言が微妙に違っているのはそのためだ。そういうわけで、聖書学などキリスト教研究にとっては非常に重要な聖書翻訳といえる。
紀元前3世紀頃、エジプトのアレクサンドリアで、72人の翻訳者(イスラエル12部族から6人ずつ)により72日間でモーセ五書を翻訳したことから「七十人訳聖書」と呼ばれる。当時はギリシアが強大な力を持っていたヘレニズム時代。パレスチナから地中海沿岸に移住していったユダヤ人(ディアスポラで生まれ育ったギリシア語を話すユダヤ人、ヘレニスト)は、次第にヘブライ語を理解できなくなったため、ヘブライ語聖書(旧約聖書)をギリシア語に翻訳する必要に迫られたのだ。そして、この翻訳聖書がキリスト教を地中海世界に広め、その後の世界宗教としての展開を決定づけることになったのである。
秦氏は1942年、東京生まれ。68年、国際基督教大学(聖書学、西洋古典学)を卒業後、70年、京都大学大学院修士課程(キリスト教学)、75年、ドロプシー大学大学院博士課程をそれぞれ修了。ユダヤ教学博士。80年、京都産業大学助教授を経て、翌年、多摩美術大学美術学部助教授、87年、教授。2012年に定年退任し、現在、同大名誉教授。オックスフォード大学およびケンブリッジ大学フェロー終身会員、イェール大学大学院客員研究員。訳書に、ヨセフス『ユダヤ古代誌』全6巻、同『ユダヤ戦記』全3巻(ちくま学芸文庫)、エウセビオス『教会史』全2巻(講談社学術文庫)ほか多数。著書に『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』(青土社)など。ちなみに秦氏はキリスト者ではないので、かなりキリスト教を手厳しく批判している。
秦剛平著『七十人訳聖書入門講座──ギリシャ語はいかにして世界を変えたのか』
講談社
1944円
350ページ
2018年6月11日初版