2018年のカンヌ国際映画祭で最高賞をもらった作品は、日本の是枝裕和監督の『万引き家族』だった。格差社会の貧困と疎外、それによって抹殺されている人間の尊厳性について描き、この時代の実像を見せている。この映画の最後の場面は、「ユリ」という女の子がネグレクトする両親の家に戻り、過酷な日常に置かれる中で本当の保護者のようだった「万引きの家族」を想う痛ましい表情で終わる。この「ユリ」を思い浮かばせる事件が昨年韓国で起こった。「ジョンインちゃん事件」がそれである。
生後16カ月だったジョンインちゃんは、2020年10月13日にご飯を食べないという理由で殴られ、その直後心停止状態になり、病院に運ばれたが結局死亡した。国立科学捜査研究院の調査によると「外力による腹部損傷」、すなわち繰り返された暴行によって死亡に至ったことが証明された。解剖の結果、膵臓は裂け、後頭部と鎖骨、大腿骨などが骨折しているなど実に残酷だった。さらに、児童虐待の疑いの通報が保育園の教師、小児科の医師などによってすでに3回も行われていたにもかかわらず、警察は養父母に対して嫌疑なしの判断を下した。
キリスト教界に与えたショックも大きかった。施設からジョンインちゃんの養子縁組をした養父母が篤い信仰をもったキリスト者として知られる夫婦だったからだ。2人は慶尚北道所在の有名なキリスト教主義大学出身者で、養父母共に父親は同地域の大教会の牧師だ。そして養父は、代表的なキリスト教放送局の職員でもあった。養子縁組の直後、教育放送(EBS)の「ある平凡な家族」という番組に実の娘とジョンインちゃんを囲んで出演したシーンを見ると、恐怖を感じているジョンインちゃんの表情に心が痛む。
報道によると、夫婦はジョンインちゃんが死亡した直後、何もなかったかのように養母の父の誕生日パーティーを行い、「解剖結果に問題がないようにお祈りください」「天使が必要だから神様が連れていかれたのだろう」などのメッセージを知人と交換した。調査では「神のみが人間を裁くのであり、人間が私を裁くことができない」と堂々と主張し、父親(牧師)が担当している教会では無罪嘆願活動が行われ、世間の非難を浴びた。
もう一つ問題になったのは、ジョンインちゃんを紹介したホルト児童福祉会というキリスト教慈善団体だった。同会は朝鮮戦争の直後、1955年から米国人宣教師ホルト夫婦(Harry Holt & Bertha Holt)が戦争孤児8人を欧米諸国に養子縁組して送ったことで始まった団体だ。「すべての児童は家庭を持つ権利がある」という理念で先進国に孤児を送る事業を行ったが、最近は国内の養子縁組も増やしていた。しかし警察、保健福祉部、女性家族部などの国家機関と共に、ジョンインちゃんが虐待されている実態を把握していたにもかかわらず、黙認してきたという疑いで批判を受け、この事件はキリスト教界全体への不信感を強めた。
警察庁長は謝罪声明を発表し、市民団体などは養父母への重刑を求め、結局2021年5月14日の1審裁判は養母に無期懲役を、養父に懲役5年を宣告した。
ホルト児童福祉会の横には楊花津外国人宣教師墓園がある。墓園の北端には数十人の生まれたばかりの幼児が葬られている。異なる環境下で我が子を失った宣教師たちの犠牲と献身の証しの場である。ホルト夫婦の子どもも眠っているが、それが韓国における養子縁組の歴史の原点である。
このような宣教師たちの崇高な活動が、ジョンインちゃん事件によって今、韓国の市民社会から本来の設立精神を問われている。ジョンインちゃんは現在、ソウル外郭に建立された韓国初の子ども専用墓地である「アンデルセン公園墓地」に葬られている。楊花津の幼児墓園の風景と、「万引きの家族」の「ユリちゃん」の最後の表情がアンデルセンの丘に眠っているジョンインちゃんの笑顔とオーバーラップする。
ほん・いぴょ 1976年韓国江原道生まれ。延世大学大学院修了(神学博士)、京都大学大学院修了(文学博士)。基督教大韓監理会(KMC)牧師。2009年宣教師として渡日し、日本基督教団丹後宮津教会主任牧師などを経て、現在、山梨英和大学の宗教主任。専門は日韓キリスト教史。