貝ヒモの味噌汁のレシピと「ズルい!」という感情の分析【聖書からよもやま話46】

皆様いかがお過ごしでしょうか。MAROです。今日も日刊キリスト新聞クリスチャンプレスをご覧いただきありがとうございます。

毎回、新旧約聖書全1189章からランダムに選ばれた章から心に浮かんだ事柄を、皆様の役に立つ立たないは気にせずに話してみようという【聖書からよもやま話】、今日は 旧約聖書、箴言の23章です。それではよろしくどうぞ。


◆箴言 23章17節

心のうちで罪人を羨んではならない。

箴言というのはいわば「聖書のことわざ集」で、シンプルでグサっと分かりやすいメッセージがたくさん記してあります。初めて聖書を読むという方には、実はけっこうおすすめの書です。

そんな中でもとりわけシンプルなのが今日の箇所です。「罪人を羨んではならない」。とても短くて分かりやすいですが、短いからこそ何度も何度も噛み締めてみますと、じわりじわりと濃厚な味が出てきます。スルメよりも濃いです。貝ヒモくらいは濃いです。ちなみに貝ヒモ(コンビニのおつまみコーナーにある奴です)にお湯を注いで味噌を溶くとそれだけで豊潤な味噌汁ができます。おいしいです。一緒に切り干し大根なんかを入れるとパーフェクトになります。お試しあれ。

さて、味噌汁の話はさておき、「罪人をうらやんでしまう」ということ、「僕は悪い奴をうらやましいなんて思わないよ」とか思いつつ、よくよく思い返してみれば実は心当たりがある方も少なくないのではないでしょうか。僕には心当たりがいくらも出てきました。たくさん出てきました。人一倍出てきました。たとえば有名なお金持ちを見て「あいつは悪いことをしていい暮らしをしやがって、ズルい!」なんて思うことはないでしょうか。政治家さんを見て「国民の税金を吸い取って贅沢しやがって、ズルい!」なんて思うことはないでしょうか。僕はあります。多々あります。

僕の中に生ずるこの「ズルい!」という感情を冷静に分析してみますと「うらやましい」という感情が含まれています。「あいつばっかり贅沢してズルい!」という言葉には、「自分もそんな贅沢がしたい!」という感情が含まれています。つまり「悪い奴がいい思いをしてズルい!」と思ってしまうのは、この箴言で戒められている「罪人をうらやんでいる」ということなんです。

これが、「悪いことをして贅沢しても幸せにはなれないよね」となるのなら、うらやむ心は含まれないのでしょうが、「悪いことをして贅沢をしてズルい!」にはうらやむ心が含まれます。微妙といえば微妙な差ですが、明確といえばまた明確な差でもあります。さらに微妙な線を突くのなら「ズルい!」と思った後に「でもあいつは悪いことをしているから幸せじゃないよね」と思うのなら、それはイソップ童話の「すっぱいブドウ」の話と同じで、そこにもうらやむ心が含まれています。

こう考えると、「罪人を羨んではならない」というこの箴言は、シンプルに見えて実はすごく奥が深いのだと思わされます。そう簡単に実践できるものではありません。

近年、SNSなんかを眺めていますと、「怒り」の感情が非常に多いように見えます。そしてその「怒り」を観察してみますと「ズルい!」がその中でも多くを占めているように見えます。

「政治家は給料が高くてズルい!」「有名人はコロナにかかってもすぐに入院できてズルい!」「上級国民は特権があってズルい!」「クレーマーが得をするのはズルい!」「転売ヤーが儲けるのはズルい!」・・・世の中にはたくさんの「ズルい!」がありますし、もちろん僕の中にもそんな「ズルい!」が日々生じています。それは人間としてごく自然な感情なのではないかと思えます。しかしよく考えてみれば「ズルい!」というのは、「その人が得ている利益は、本来その人が受けるべきではない」という意味で、言い換えればそれは「その人は不当に利益を得ている」ということで、すなわち「その人は罪人だ」ということですから、聖書的に言えばそれをうらやんではいけないんです。

ちょっと話が分かりにくくなってきましたから整理しますと、「ズルい!」という感情は「相手が不当に利益を得ている」プラス「自分もその利益が欲しい」という感情であるということです。そしてこの箴言が言っていることを言い換えれば「不当な利益を欲しがってはならない」ということですから、つまり「ズルい!」なんて思わない方がいいよ、ということです。

・・・そんなこと言われたって、難しいですよね。僕はテレビを見ていても新聞を読んでいても「わー、この人ズルいなー!」ってしょっちゅう思ってしまいますもの。でも、確かに誰かを「ズルい!」って言ったところで、僕自身は何も幸せにはならないんですよね。むしろ嫌な気持ちになる分だけ、不幸になっているかもしれません。誰かを「ズルい!」と責めるより、自分は自分の幸せに向けて一歩でも進む方がいい、そんなことを聖書は教えてくれているのかもしれません。

その点、貝ヒモの味噌汁はたぶん誰も「ズルい!」なんて言わないでしょうから、我ながら健全で安全な幸せだと思うわけです。と、いうわけでコンビニで貝ヒモ買ってきます。一番安い奴でOKです。むしろ安い奴の方がいいくらいです。

それではまた。
主にありて。MAROでした。


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横坂剛比古(MARO)

横坂剛比古(MARO)

MARO  1979年東京生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科、バークリー音楽大学CWP卒。 キリスト教会をはじめ、お寺や神社のサポートも行う宗教法人専門の行政書士。2020年7月よりクリスチャンプレスのディレクターに。  10万人以上のフォロワーがいるツイッターアカウント「上馬キリスト教会(@kamiumach)」の運営を行う「まじめ担当」。 著書に『聖書を読んだら哲学がわかった 〜キリスト教で解きあかす西洋哲学超入門〜』(日本実業出版)、『人生に悩んだから聖書に相談してみた』(KADOKAWA)、『キリスト教って、何なんだ?』(ダイヤモンド社)、『世界一ゆるい聖書入門』、『世界一ゆるい聖書教室』(「ふざけ担当」LEONとの共著、講談社)などがある。新著<a href="https://amzn.to/376F9aC">『ふっと心がラクになる 眠れぬ夜の聖書のことば』(大和書房)</a>2022年3月15日発売。

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