クリスチャンは世の権威に従うべき? 山元 眞 【教会では聞けない?ぶっちゃけQ&A】

Q.「上に立つ権威」に従うクリスチャンとして、悪政にはどう対抗すればいいのですか?(50代・女性)

キリストが教えられた権威は確かに「上から」来るものですが、それは「上に立つ」ものではありません。仕える権威、神と人に奉仕する権威です。それは、イエスの教えと生き方を見れば明らかです。

誰が偉いか議論していた12人にイエスは「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい」(マルコによる福音書9章35節)と言われました。

また、ヤコブとヨハネが見当違いな願いをした時にも12人を呼び寄せて「あなたがたも知っているように、諸民族の支配者と見なされている人々がその上に君臨し、また、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者となり、あなたがたの中で、頭になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子は、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」(マルコによる福音書10章42~45節)と言われています。

このように教えられたイエスは十字架上で殺される前の晩に弟子たちの足を洗い、共に食事をしてご自身を分かち、「仕える」ことを身をもって示されました。その生涯の最後は十字架上でご自分のすべてを与え尽くし、父にすべてをゆだねる言葉とゆるしの言葉を残されました。

弟子たちの足を洗った時には「主であり、師である私があなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合うべきである。私があなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのだ」(ヨハネによる福音書13章14,15節)と言われました。

キリスト者はこのイエスの教えに従う者です。一般的な世の価値観とは大いに違っています。キリストの福音に基づいて判断することが必要です。まず「教会」自身がこの福音に基づいた共同体であることです。そのような教会であれば、その生きざまによって悪政に対抗することができるでしょう。

*本稿は既刊シリーズには未収録のQ&Aです。

やまもと・まこと 1953年福岡県生まれ。80年、カトリック司祭となる。81~85年、ローマ在住(教会法研究)。福岡教区事務局長、福岡カトリック神学院院長などを経て、カトリック西新教会主任司祭、西新カトリック幼稚園園長。2019年、来日したフランシスコ教皇に「カトリック新聞」記者として同行した。

【既刊】『教会では聞けない「21世紀」信仰問答Ⅱ -悩める牧師編』 上林順一郎監修

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