イスラーム信仰の基本に「六信五行」がある。ハッジ巡礼はその五行の内の一つで、ムスリムにとっての義務である。
一般的に言って、マッカ(メッカ)やマディーナ(メディナ)を訪問し、ハッジを行うことへのムスリムの願望は非常に強い。とはいえ、すべてのムスリムが簡単に聖地を訪問できるかというと、そういうわけではない。時代が変わってもハッジ遂行のために要する時間、費用、労力といったものは程度の差こそあれ、いつでも大きな障壁であり続ける。
そんなわけでハッジの義務については他の宗教義務よりも、「条件つきの義務」的な色合いが濃い。クルアーンの中でも、「そこまでの道(への旅行)が可能な者には」(3:97)との条件付き。つまり、それを遂行できるだけの経済力、心身の健康といった条件が整った上での義務ということになる。
上記二大聖地を擁するサウジアラビアは、イスラームにおけるこの国際的な一大イベントを恙なく遂行するため、国の威信を掲げて取り組んでいる。マッカは普段は人口100万都市レベルの町だが、ハッジ巡礼期には200万人もの巡礼客が押し寄せる。ハッジの実際の宗教儀礼は1週間弱で終了するが、それが行われるのはマッカの中でもごく限られた地域。世界中から異なる言語や文化の人びとが突如集結し、短期間ながらも隣人として共同生活するのであるから、巡礼客も迎え入れる側も一筋縄ではいかない。しかし、ほとんどのハッジ巡礼者は無事にハッジを終えて帰国し、自国に帰れば「ハーッジ(ハッジを完遂した者)」と呼ばれ敬意を払われることになる。
コロナ禍以前の近年において、ハッジ巡礼者数は200万人を超えていた。しかしコロナ禍の煽りをまともに受けた20年は、国内限定1万人と激減。厳重な予防対策下に置かれた。翌21年も同様、国内限定で6万人。22年になってようやく国外からのハッジ巡礼者受け入れが再開し、90万人まで息を吹き返した。ただし、ワクチン接種や陰性証明の提出といった条件は依然同様。ちなみにこの年、サウジアラビアが治安、医療、交通、水・電気、通信などの分野において政府・民間を挙げてハッジ巡礼サービスのために動員した人数は約23万人。
そして今年、3年ぶりについに制限が解除された。巡礼者数はほぼ元通りとなった。
サウジアラビア巡礼省の発表によれば、今年のハッジ巡礼者データは以下の通り。巡礼者総数約180万人(国外約170万、国内約18万)。男女の割合はほぼ半々。地域別ではアラブ諸国から約35万、アジア諸国が約106万、アフリカ諸国約22万人、米大陸・欧州・オセアニア圏が約4万人。
ハッジ巡礼ビザ数は各国のムスリム人口に応じて割り当てられているので、このデータを見るとムスリム人口がアジアに集中しているのが分かる。世界のムスリム人口の6割はアジアに集中しており、アラブ人ムスリム人口は意外にも全体の2割程度を占めるに過ぎない。
さいーど・さとう・ゆういち 福島県生まれ。イスラーム改宗後、フランス、モーリタニア、サウジアラビアなどでアラビア語・イスラーム留学。サウジアラビア・イマーム大卒。複数のモスクでイマームや信徒の教化活動を行う一方、大学機関などでアラビア語講師も務める。サウジアラビア王国ファハド国王マディーナ・クルアーン印刷局クルアーン邦訳担当。一般社団法人ムスリム世界連盟日本支部文化アドバイザー。