イスラエル新政権誕生その後 山森みか 【宗教リテラシー向上委員会】

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イスラエルでは6月13日、60票対59票の僅差で第36代内閣がクネセト(国会)に正式承認され、ネタニヤフ(リクード党首)の12年にわたる長期政権に終止符が打たれた。首相になったのは右派「ヤミナ」のナフタリ・ベネット党首だが、任期の半分(2年)が過ぎる2023年には、中道派「イエシュ・アティド」のラピード党首が代わって就任する予定である。ラピード(首相代理兼外相)の方が政治基盤があるのだが、連立を組むためにベネットを引き入れた形なので、首相といってもベネットは単独で何でも決められるわけではないだろう。

この票の僅差が物語るように、新政権の成立はぎりぎりまで危ぶまれた。ネタニヤフは最後まで票の切り崩しに動き、何か秘策があるのではないかと思わせた。だが5月に起きたハマスとの交戦は、大方の予想とは逆に、国防に手腕を発揮すると思われてきたネタニヤフにとって有利には働かなかった。その交戦中にイスラエル国内のユダヤ人とアラブ人の間で起きた憎悪と暴力の応酬は、ネタニヤフ政権時代に進行していた国内の諸集団の間の亀裂の深さを浮彫にし、人々に衝撃を与えた(6月21日付本欄を参照)。ネタニヤフは人々の間の対立を煽ることで自分に有利な状況を作るという手法を繰り返してきたのだが、その弊害が明確に認識され、国内の空気が変わったのである。

【宗教リテラシー向上委員会】 隣人だと思っていたのに…… 山森みか 2021年6月21日

今回の連立政権には、右派の「ヤミナ」「新希望」「イスラエル我が家」、中道派の「イエシュ・アティド」「青と白」、左派の「労働党」「メレツ」、そしてアラブ政党「ラアム」という、それぞれ立場を異にする八つの党が参加している。見方によっては「極右」とも「極左」とも取れるし、異なる立場の集団が対立を越えて連帯しているとも言える。彼らを結び付けたのはネタニヤフ退陣というただ一点であり、その目的が達成された後いつまで政権が維持されるのかが懸念されている。

Avi Ohayon / Government Press Office (Israel), CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=109317713による

今回野党に回った主な政党は、ネタニヤフ率いる「リクード」だけでなく、ユダヤ教超正統派の「シャス」「トーラー・ユダヤ教連合」である。超正統派の政党はこれまで連立政権に参加することで、トーラー学習に生涯をささげる超正統派ユダヤ人の兵役免除や補助金確保など、自分たちに都合のいい施策を政府に取らせてきた。ベネットは、イスラエルの首相としては初めて「キッパ」を常時被っている宗教派なのだが、エリート部隊にいたという軍歴があり、兵役拒否の超正統派とは立場を異にしている。そのベネットに対して超正統派政党は、「あなたを正当なユダヤ教徒とは認めない、キッパを取れ」などの発言を行い、物議を醸した。

兵役に就かず、納税義務も満足に果たさない超正統派ユダヤ人については、多くの国民が「不平等だ」との不満を抱いている。今回の連立政権には世俗右派政党の「イスラエル我が家」も参加しているのだが、財務相の地位に就いた党首リーベルマンは、今まで主として超正統派が享受してきた補助金、とりわけ子どもの数に応じて支給される手当の削減案を打ち出した。この手当は一定数以上の子どもがいれば仕事をして収入を得なくても生活できる額だったので、これが削減されると超正統派の成人は労働市場に出て仕事をしなくてはならなくなる。この案には超正統派が猛反発しているが、もし実現すればイスラエル社会を大きく変えることになるだろう。

「ユダヤ教宗教派」あるいは「右派」という言葉で表される人々の間にも、このようにさまざまな立場の違いがあるということが改めて浮かび上がった政権交代であった。

山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995年より現職。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。昨今のイスラエル社会の急速な変化に驚く日々。

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