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【映画評】　悪魔がえぐる今日の闇　『ヴァチカンのエクソシスト』

 　ローマ教皇直属のチーフ・エクソシストとして実在した、ガブリエーレ・アモルト神父（１９２５～２０１６年）の手記に基づく映画『ヴァチカンのエクソシスト』が日本公開となる。劇中でなされる悪魔祓いの模様は、ＳＦＸによる超常表現や怪異表象をふんだんにとり込む純エンターテイメント志向ながら、名優ラッセル・クロウによる豪放磊落な役作りは神父への敬意と機知に富み、ヴァチカンが舞台となる場面では教皇庁も積極的に協力するなど、単なる驚かしのホラー娯楽作に留まらない、見どころの多い仕上がりとなっている。

ガブリエーレ・アモルト神父が数万回行ったとされる悪魔祓いの体験を記述した回顧録『エクソシストは語る』『続・エクソシストは語る』は邦訳を含め大ベストセラーとなっている。このため映画化のオファーは過去にもあったが、誰も神父を説得できなかった。本作企画が２０１６年の神父の没前に映画化権を獲得できたのは、プロデューサーの信仰心ゆえだったという。こうした経緯に発する、事実言及をないがしろにはしない本作の製作姿勢は、とりわけ作品前半におけるアモルト神父の人物造形へよく表れる。

ヴァチカンにおいて３６年にもわたりエクソシストの職責をまっとうしたアモルト神父は、十代後半に第二次大戦で徴兵されるとまもなくパルチザンへと転じるなど理想主義者の側面がある一方で、悪魔祓いの相談に乗った相手の９８％に対しては精神科医など医療機関へ紹介するなど現実主義的な顔も持ち合わせていた。映画でもラッセル・クロウ演じるアモルト神父は、相談者の家族が無自覚に演じている悪魔憑き状態をいったん信じたふりをして、演技的に家畜へと憑依させ直すことで“脱悪魔化”を成し遂げたりする。

なお、この悪魔祓いの場面とほぼ同じ構成ながら、家畜ではなく蛙へ憑依させ直す映画作品に『ザ・ライト エクソシストの真実』（２０１１年）がある。こちらでアンソニー・ホプキンスが演じる主人公の主なモデルもまたアモルト神父である。ラッセル・クロウの演技は、アンソニー・ホプキンス版を更新する意図が端々に感じられ、各世代を代表する演技巧者の熱演を比較するのも楽しいだろう。

こうした、大衆レベルでの迷信と理知的な精神医学との橋渡しを試みる役割としてのエクソシストを担う神父はヴァチカンのみならず、カトリック教会全体でその需要は近年むしろ高まっているとも言われる。シチリアの現役エクソシスト・カタルド神父へ密着取材したドキュメンタリー『悪魔祓い、聖なる儀式』（２０１６年）では、〝悪霊の働きを見透かす〟神父の振る舞いが、当地の文化的背景のもと有効な治療法として機能する光景が説得的に映しだされる。

『ヴァチカンのエクソシスト』において中盤以降の主舞台となるのは、スペインの丘上に建つ古い修道院である。中世ゴシック様式の教会堂の地下に眠る、より前代に遡る古代遺構へと神父らは井戸底から潜り込み、かつて異端審問の時代に為された儀式や悪魔封じの痕跡と対面する。そこでは今日のローマ・カトリック教会そのものの礎を揺るがす疑問が提起され、またアモルト神父個人にとっては、若き日に己の判断ミスから自死させてしまった相談者女性をめぐる悔恨との再対峙が強いられる。

この地下最深部でのクライマックス・シーンでカトリックにおける「ゆるしの秘跡」が、悪魔との対決により前景化される周到にして精緻な構図は、エクソシストが登場する他の娯楽映画にはまず見られない。この構成的な緻密さは他の面でも、たとえばゴシック修道院の建築内装や美術衣装、井戸底からカタコンベ（地下墓所）を経て古代教会の遺構へ潜りゆく地底探検への展開などがよく造り込まれていることからもうかがえる。

また、教会内から嫉妬まじりの激烈な批判に晒されるアモルト神父を直に信頼するローマ教皇役へ、マカロニ・ウエスタンを象徴するイタリアの名優フランコ・ネロを配する点も秀逸だ。近現代の合理主義では割り切れない事象が引き起こす困難を引き受けることができないなら、いったい今日の教会に何の意味があるのか。俗世的な不祥事の絶えない昨今のキリスト教会組織に対し、アモルト神父の突きつけるこの問いを鮮やかに引き立てるためにこそ、観る者の井戸の奥底でおもむろに悪魔は頭をもたげだす。

『ヴァチカンのエクソシスト』”The Pope’s Exorcist”
公式サイト：https://www.vatican-exorcist.jp/
7月１４日（金）より全国順次公開

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