イスラエルでは18歳になると男女とも兵役義務がある。期間は男性が約3年なのに対して、女性は約2年、また女性の場合は結婚や妊娠、出産で除隊になるので、完全に男女平等な制度というわけではない。それでもイスラエル国防軍全体に占める女性兵士の割合は34%で、世界の他の軍隊よりはるかに多い。従来女性は主として事務や整備、教育などの後方勤務に就いていたが、2000年に兵役法が改正され、男女平等の理念の下で女性も希望すればその能力に応じて、戦闘部隊を含むあらゆる部隊の任務に就けることになった。
6月3日、エジプト国境の銃撃戦で、イスラエル軍兵士3人とエジプト治安部隊員の1人が死亡する事件が起きた。徐々に明らかになったところによると、過激思想の影響を受けたエジプト治安部隊員が単独で越境し、イスラエル軍兵士を殺害する計画を立て、実行したらしい。彼はまず、イスラエル側で歩哨に立っていた20歳の男性兵士と19歳の女性兵士を殺害し、より深くイスラエル領内に侵入したが、その後イスラエル軍部隊と銃撃戦になった。その際、もう一人のイスラエル人兵士(20歳男性)と越境したエジプト治安部隊員本人が亡くなったという経緯のようだ。
イスラエルとエジプトは1979年に平和条約が結ばれて以降、比較的安定した関係を保ってきた。また双方の軍は、シナイ半島におけるイスラム国の活動摘発などでは互いに協力してきた経緯もある。よってこの国境は比較的安全だと思われてきたのである。しかも戦死したのは、ごく若い現役の男女兵士たちであった。このような背景もあって、この事件はイスラエル社会に衝撃を与えた。
女性兵士の戦死は今回が初めてではない。イスラエルではこれまで500人以上の女性兵士が任務中に亡くなっている。今回のケースをその独自の立場からことさらに問題視したのは、ユダヤ教の戒律を守る宗教派の人々であった。彼らはもともと次のように主張していた。「そもそも女性には女性の役割があり、兵役に就くべきではない。とりわけ男女混合の戦闘部隊(今回のケースがそう)は男女が密着して生活するので、宗教規定に反する。これを避けるため、宗教的な男性は男女混合戦闘部隊を志願しなくなるだろう。わずかな数の女性兵士の希望を容れることで、主戦力たる男性兵士が来なくなってもいいのか」。
そして、今回は「男女が二人きりで夜間に12時間もの間、歩哨についていた時に侵入者に殺害されたのは、彼らの間に何か不適切なことがあったのではないか」と、戦死した二人にあたかも性的落ち度があったかのような憶測を述べたのである。
イスラエル国内において、ユダヤ教の戒律を守る宗教的立場の人々と、そうではない世俗派ユダヤ人とが対立していることについてはこれまでも述べてきた。今回戦死した兵士の尊厳を損なうような発言が、宗教派ユダヤ人から出てきたことは、世俗派ユダヤ人には受け入れがたいことである(集中力の低下を招きかねない12時間の連続歩哨が適切だったか否かは、それとは別に吟味されるべき問題だろう)。
また兵役に就かない立場を取っている超正統派ユダヤ教のメディアは、戦死者3人の写真のうち女性兵士のものだけを削除した。彼らは元来、誰であれ女性の写真を載せるのは不適切だという立場なので、今回が特別というわけではない。だがこれもまた世俗派にとっては、「戦死してまでこの扱いを受けるのか」という感覚を引き起こす振る舞いであった。
男女平等を目指す近代市民社会において、女性兵士という存在はそもそもセンシティブな問題だが、この件はそのあり方の難しさをさらに浮き彫りにしたと言えよう。
山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995年より現職。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。昨今のイスラエル社会の急速な変化に驚く日々。