米プリンストン大学のピーター・シンガー生命倫理学教授が「ニューズウィーク日本版」に、「カトリックが避妊をついに容認?」とする見解を寄稿した。1960年代には経口避妊薬の服用や、女性の「安全日」の性交渉については、教会内で既に容認されていたが、教皇の相次ぐ死によって議論が立ち消えになった経緯がある。
カトリック教会は、避妊を禁じる教義を見直そうとしているのか。カトリック系の著名な保守派論者の間には、その可能性を牽制する動きが見られる。そのこと自体、フランシスコ教皇の下で変化への動きがあることの表れだ。
13世紀のトマス・アクィナス以降、神学者たちは避妊は過ちだと主張してきた。しかし1960年になって経口避妊薬が認可され、やがて多くのカトリック教徒が避妊をしている実態が明らかになると、教会内で教義の見直しを求める声が上がった。
これを受けて教皇ヨハネ23世は避妊に関する教皇委員会を立ち上げたが、報告を受ける前の63年に死去。委員会が後任の教皇パウロ6世に提出した報告書は、いわゆる女性の「安全日」に夫婦が性交渉を行うことは教会内で既に容認されていると指摘。
「自然から授かったものを人為的にコントロールするのは自然」だとして、避妊が「責任を持って子を成す秩序ある関係」の範囲内で行われるなら許容されると結論付けた。これに反対する少数意見を支持したのは、72人の委員のうち4人にとどまった。
だが報告書の提出からわずか2年後の68年、パウロ6世が回勅「フマネ・ビテ」(人間の生命)」を発表し、「性交渉の前、行為中、後において明確に避妊を目的とする行為」は「産児調節の正当な手段として絶対に容認できない」とした。これは大半の信者が驚きとともに受け止めた。
「フマネ・ビテ」の趣旨が保たれたのは、教皇たちの相次ぐ不慮の死のためだった。改革派のヨハネ23世がもっと長く生きていたら、教皇委員会の多数意見を受け入れたかもしれない。
この状況でフランシスコ教皇はどうするのか。避妊に関する教義の見直しをめぐる記者の質問に対して教皇は「問題を前にしたとき、あらかじめ否認するような態度では神学を論じられない」と回答。「生命の神学的倫理」については「会議(生命アカデミー)の参加者は義務を果たした。教義の前進を図っている」と評価した。
フィニス名誉教授の立場からすれば、フランシスコ教皇はカトリック教徒ではないように見える。だとすれば、他の多くの人も「真の信者」ではないことになる。2014年の世論調査によれば、フランスやブラジル、スペインなどでは、カトリック教徒の90%以上が産児制限に賛成していた。
過半数が支持しているから、その主張が正しいとは限らない。だが避妊については、カトリック教徒を自認する人々の過半数の意見が正しいと考える根拠が十分にある。(CJC)