昨年11月の総選挙の結果、約1年半下野していたネタニヤフが首相の座に返り咲くことになった。今回のネタニヤフ政権の特徴は、宗教シオニズムを掲げ「極右」と呼ばれる主張をする党が、重要な地位を占めていることである。宗教シオニズムとは、約束の地イスラエルにおけるユダヤ人の支配の確立がメシアの到来を早めるという考えであり、具体的にはパレスチナ地区におけるユダヤ人入植地の拡大を目指している。
ネタニヤフ自身は右派ではあるが宗教色は強くなく、国政に関しては現実的な判断を優先してきた。だが現実的判断よりも宗教的理念を前面に出す諸党と連立した政権が発足したことに、世俗派ユダヤ人は深い憂慮を抱いている。
海外メディアでは、政権が右寄りになったことでパレスチナ問題の解決が遠のくという論調が目立つが、国内ではむしろユダヤ人同士の対立がより先鋭化したことが問題視されている。
それを象徴するのが、毎週安息日明けに行われている大規模反政権デモである。このデモは、新政権が推進する司法制度改革にノーを突き付けることを目的として始まった。この改革が実現すると、クネセト(国会)が過半数で最高裁判断を覆すことができるようになる。民主主義社会における議会と司法の関係のあり方については諸議論があるだろうが、今回の改革はネタニヤフが自らの汚職疑惑裁判から逃れようとする意図が明白であり、多くの人が民主主義の危機だと反対を表明している。
新政権内には、大きく分けて二つのユダヤ教の宗教勢力が存在する。一つは従来からキャスティングボートを握ってきたユダヤ教超正統派の政党である。彼らの主たる関心は、イスラエル国内におけるユダヤ教の規定の遵守と、それに連なる自分たちの利益追求、具体的には多子家庭への補助金増額、義務教育における宗教科目重視、超正統派ユダヤ人の兵役免除などである。自分たちだけでなく世俗派ユダヤ人の生活をも規定しようとする彼らの存在は、世俗派にとって大問題であり続けてきた。
もう一つは、今回躍進した宗教シオニズムの政党である。彼らはユダヤ人入植地の拡大に加え、エルサレム旧市街に位置する神殿の丘/ハラム・アッシャリーフでのユダヤ人の祈祷の権利を主張する。ここはユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地ではあるが複雑な歴史的背景に由来する「現状維持」が守られており、現在祈祷ができるのはイスラム教徒だけである(ユダヤ人とキリスト教徒は立ち入りのみ許可)。そこでの祈祷の権利を求める彼らの主張は、祈祷は行わないというユダヤ教超正統派の立場とは真っ向から対立する。また彼らは国防省や警察行政に関わる権限も手に入れようとしており、反発を生んでいる。その背景には、現実的な国防より理念に基づく約束の地の支配を重視する人々が、直接国民のセキュリティに関わることへの懸念がある。
宗教的理念に基づいた政治決定は、しばしば現実から乖離した施策を実行し、結果的に多くの人が望む平穏な日常生活を破壊する。しかしそれが宗教的信念に基づいて為されているが故に、損得概念や実効性をベースにした説得は困難である。とはいえその主張がすべて美しい理念なのかといえばそうでもなく、結局は自分たちを実質的に利するためのものであることも珍しくない。極端な主張をする二つのグループの宗教政党と連立政権を組んだネタニヤフが、今後国際社会の中でどのように舵取りをしていくのか、今回より鮮明になったユダヤ人内部の対立はどのような推移をたどるのか、注視していきたい。
山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995年より現職。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。昨今のイスラエル社会の急速な変化に驚く日々。
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