「十分の一献金」は誤りだった? 米牧師が関連書籍など捨てるよう指示

Olya AdamovichによるPixabayからの画像

米メガチャーチ牧師のクレフロ・ダラー氏が、収入の1割(10%)を献金すべきとする「十分の一献金」のテーマについて行ったすべての教えを公に非難した。「プレミア・クリスチャン・ニュース」が報じた。

ジョージア州カレッジパークでワールド・チェンジャーズ・インターナショナル・ミニストリーズを率いるダラー氏は、6月26日の説教で、長年「十分の一献金」について説いてきたことは間違っていたと信徒に語った。

「大いなる誤解」と名付けられたその説教の中で、彼はまずこう言った。「私はまだ成長途中であることを、まず皆さんにお伝えしたい。そして、『十分の一献金』というテーマで過去に私が伝えた教えは正しくなかった。今日、私は何年も教え、何年も信じてきたものの、明確に理解することができなかったことを訂正するために、謙虚に立ち向かう。というのも、違いを生んだ恵みの福音に私はまだ向き合ってこなかったからだ」

ダラー牧師は、教訓を学べたことは良かったと、謝罪するつもりはないと述べたものの、信徒に行動を起こすように指示した。「私は、聖書に沿うのでなければ、『十分の一献金』について私が書いたすべての本、すべてのテープ、すべてのビデオを捨てるように言うことを、まったく恥じることはないと言おう」「この10年間、私はいくつかの正しい教えを行ってきたが、今準備しているような程度ではなかった」「なぜこれが重要なのか? 宗教は恐怖と罪悪感という二つの要素によって支えられているからだ。そして、教会が長い間、人々を恐怖と罪悪感に陥れるために使ってきたテーマがあるとすれば、それは『十分の一献金』というテーマであり、それは正されなければならない。そして、それは今、正されなければならないのだ」

ダラー牧師は、自分の告白のことで「何人かの友人を失い」、講演の仕事も失うかもしれないと認めたが、それは彼が以前経験したことなので「問題ではない」と述べた。そして、収入の10%を教会に献金する「十分の一献金」が、なぜ旧約聖書の概念であるかを証明することに説教は重点を置いた。そして、今日のキリスト教徒はもはやモーセの律法の下で生きているのではなく、聖書の新約聖書に書かれている「神の恵みの自由」の下で生きていることを強調した。

また、教会では、献金を「歌う」「手を上げる」と同じように、礼拝の行為としてとらえるよう指導し、人々は何を献げるべきかを神に問うべきだと述べた。「今、なぜか10%から始めることを心得ている人がいても、それは罪ではない。しかし、新約聖書のクリスチャンが10%をささげることを法で義務づけることはできない。私が言っているのはそれだけだ」

「新約聖書には献金について明確に書かれているが、『十分の一献金』をささげれば呪われないというような律法によるものではない。それはもはや神ではない」

(翻訳協力=中山信之)

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