世界教会協議会(WCC)総幹事代理のイオアン・サウカ氏=写真=は3月2日、モスクワ及び全ロシア正教会の指導者キリル総主教宛てに書簡を送付し、ウクライナへの攻撃を止めるために「為政者たちへの介入と調停」「対話と交渉を通じて平和をもたらす努力」を求めた。書簡は、WCC加盟教会の指導者や信徒から日々、戦争を終わらせるよう、キリル総主教に仲介を求める手紙を受け取っていることを明かし、「この絶望的な時に、多くの人が平和的解決のための希望の兆しをもたらすことができる存在」として注目するキリル総主教に対し、「正教会の信仰深い信徒たちでもある、苦しんでいる兄弟姉妹たちのために、あなたの声を上げてください」と懇願した。
WCC中央委員の西原廉太氏(立教大学総長)によるFacebookの投稿より紹介する。
モスクワ及び全ロシア正教会総主教 キリル総主教聖下
ジュネーブ、2022年3月2日
私は大きな痛みと破れた心で、聖下にお手紙を差し上げる次第です。ウクライナの戦争という悲劇的な状況は、多大な苦しみと人命の損失をもたらしています。私たちの兄弟姉妹の多くは、高齢者、女性、子どもたちを含め、命を守るために家を離れなければなりませんでした。世界中が懸念し、平和的解決への希望の兆しを期待しています。私は毎日、世界のさまざまな地域のWCC加盟教会教会指導者や信徒から、戦争を止め、大きな苦しみを終わらせることができるように、聖下に仲介を求める手紙を受け取っています。この絶望的な時に、多くの人が平和的解決のための希望の兆しをもたらすことができる存在として、あなたに注目しているのです。
私は世界教会協議会の総幹事代理として、また正教会の一司祭として、聖下にこの手紙を書いています。そのほとんどが私たちの正教会の信仰深い信徒たちでもある、苦しんでいる兄弟姉妹たちのために、あなたの声を上げてください。 西方のキリスト者たちは今日、悔い改めの日として、レント(四旬節・大斎節)の始まりである「灰の水曜日」を祝います。同様に、私たち正教徒たちは、来週の月曜日から大斎の始まりとなる「赦罪の主日」を、次の日曜に祝います。典礼暦におけるこれらの力強い機会は、私たちに悔い改め、平和と和解を呼びかけています。
これらの霊的な時を祝いつつ、親愛なる敬意と熟慮をもって、私は聖下に対し、この戦争、流血、苦しみを止めるために為政者たちへの介入と調停を行っていただき、対話と交渉を通じて平和をもたらす努力をしていただくために、この手紙を書いています。
主イエス・キリストの内にあって
イオアン・サウカ
世界教会協議会
総幹事代理
このサウカ総幹事代理の書簡に対して3月10日、キリル総主教から返書が届いた。その中でキリル総主教は、対立の起源は西側諸国とロシアの関係にあるとした上で、「あからさまにロシアを敵とみなす勢力がその国境に近づいてきた」「NATO加盟国は、これらの兵器がいつか自分たちに対して使われるかもしれないというロシアの懸念を無視して、軍備を増強してきた」「ウクライナ人やウクライナに住むロシア人を精神的にロシアの敵に作り変えようとした」と西側諸国の指導者らを非難。
2014年、首都キエフで勃発したウクライナ騒乱(マイダン革命)に際して、WCCのオラフ・フィクセ・トヴェイト総幹事(当時)が懸念を表明したことにも触れ、今回の経済制裁にも「ロシアの政治・軍事の指導者だけでなく、とりわけロシア国民を苦しめようとする意図が露骨に表れている」として、「主の力によって、一刻も早く正義に基づく恒久的な平和が確立されるよう」「世界教会協議会が政治的偏見や一方的な見方から自由であり続け、公平な対話のためのプラットフォームであり続けることができるよう」求めた。
返書の全文は以下の通り。
イオアン・サウカ世界教会協議会総幹事代理
親愛なるイオアン神父様
2022年3月2日付のお手紙に感謝いたします。キリスト教会の忠実な仕え人として、また若い世代の教育・育成の分野におけるたゆまぬ努力家として、あなたを長年知っている私は、異なるキリスト教教派代表者間の一致と相互尊重を促進することを目的とする世界教会協議会の総幹事代理としてのあなたの仕事に深く感謝しています。
私たちの教会は、1961年に世界教会協議会(WCC)に加盟し、「教会の交わり」という新たな基盤と、特に「世界教会協議会が特定の教派の道具となることはありえない」「加盟教会は、互いに連帯を認め、必要があれば互いに援助を与え、兄弟的関係と相容れないような行動を慎むべきである」というトロント声明を受けて、WCCに加盟しました。
1983年以来、WCCは加盟教会が世界共同体の中で正義、平和、被造物の保全のための共同責任を認識する過程に関与することを優先事項の一つとしてきました。つまり、WCCへの加盟、対話、平等の原則に基づく議論、そして全世界のキリスト者の協力は、人々の間の和解という大義に対する私たちのコミットメントの表明であっただけでなく、世界のキリスト者の交わりの連帯と支援に対する確信を与えてくれたのです。
ここ数日、世界中の何百万人ものキリスト者が、祈りと思いの中で、ウクライナの劇的な展開に目を向けています。
ご存知のように、この紛争は今日始まったのではありません。この紛争を解決するのは、一つのキエフの洗礼盤から生まれ、共通の信仰、共通の聖人、共通の祈りによって結ばれ、共通の歴史的運命を持つロシアとウクライナの人々以外にはないと、私は確信しています。
この対立の起源は、西側諸国とロシアの関係にあります。1990年代まではロシアは、その安全と尊厳が尊重されることを約束されていました。しかし、時が経つにつれ、あからさまにロシアを敵とみなす勢力がその国境に近づいてきたのです。毎年、毎月、NATO加盟国は、これらの兵器がいつか自分たちに対して使われるかもしれないというロシアの懸念を無視して、軍備を増強してきたのです。
しかも、ロシアを封じ込めることを目的とする政治勢力は、自らロシアと戦うつもりはありませんでした。ロシア人とウクライナ人という兄弟的な民族を利用するという、別の手段を使おうとしてきたのです。彼らは、ウクライナに武器と戦争指導者を溢れさせるための努力と資金を惜しみませんでした。しかし、最も恐ろしいのは武器ではなく、「再教育」を行い、ウクライナ人やウクライナに住むロシア人を精神的にロシアの敵に作り変えようとしたことにあります。
同じ目的を追求したのが、2018年にコンスタンティノープル総主教バルトロマイが起こした教会分裂です。それは、ウクライナ正教会に犠牲をもたらしました。
遡ること2014年、キエフのマイダンで血が流され、最初の犠牲者が出たとき、WCCは懸念を表明しました。当時のWCC総幹事であったオラフ・フィクセ・トヴェイト博士は2014年3月3日、「世界教会協議会は、現在のウクライナの危険な動きに深い懸念を抱いている。この状況は、多くの罪のない人々の命を重大な危険にさらしている。そして、冷戦からの苦い風のように、集団的かつ原則的な対応を必要とする多くの緊急課題に対して、現在あるいは将来的に行動する国際社会の能力をさらに損なう危険性がある」と述べています。
その頃、ドンバス地方では、ロシア語を話す権利を守り、歴史的・文化的伝統の尊重を求める武力紛争が勃発していました。しかし、彼らの声は届きませんでした。ドンバス地域住民の何千人もの犠牲者が、西側諸国で気づかれなかったのと同じように。
この悲劇的な紛争は、何よりもまずロシアを弱体化させることを目的とした大規模な地政学的戦略の一部となりました。
そして今、西側諸国の指導者たちは、誰にとっても有害となるような経済制裁をロシアに課しています。ロシアの政治・軍事の指導者だけでなく、とりわけロシア国民を苦しめようとする意図が露骨に表れているのです。「ロシア嫌悪」(Russophobia)は、西側諸国にかつてない勢いで広がっています。
私は、主の力によって、一刻も早く正義に基づく恒久的な平和が確立されるよう、絶えず祈っています。この祈りを、あなたと、世界教会協議会に結ばれた私たちのキリストの兄弟たちが分かち合ってくださることを、私はロシア正教会と共にお願いいたします。
親愛なるイオアン神父様、私はこの困難な時代にあっても、その歴史を通してそうであったように、世界教会協議会が政治的偏見や一方的な見方から自由であり続け、公平な対話のためのプラットフォームであり続けることができるよう希望しています。
主がロシアとウクライナの人々を守り、救ってくださいますように!
父なる愛をもって
+キリル
モスクワ及び全ロシア総主教