アメリカの前大統領ドナルド・トランプを中心に成立した集団を「トランプ・カルト」と呼んでトランプが大統領在任中から警鐘を鳴らしたのは、日本でもカルト対策のバイブルとして現在に至るまで読み継がれている『マインドコントロールの恐怖』の著者スティーブン・ハッサンである。「トランプ・カルト」とはどのようなもので、何が問題なのだろうか。
ハッサンはトランプの政治活動に接した時に奇妙な既視感を覚えたという。それはハッサンが1970年代半ば、統一協会(当時)の信者になり教祖の文鮮明(故人)に心酔していた時の感情がよみがえったことによる。ハッサンによれば文鮮明は当時、アメリカを偉大にすると約束し、エデンの園の再創造を約束した。戦争も貧困も犯罪もない世界、すべての人が平和に暮らすという地上天国のビジョンである。他方で文鮮明は、現在のアメリカの民主主義はサタン的と考え、その代わりに自分を長とする神権政治を構想したが、そこでは文鮮明に逆らう人々の処刑を合法にするための憲法改正までもくろまれていたという。
トランプのかもし出す絶対的な自信の雰囲気、恐怖と混乱を招く振る舞い、絶対的な忠誠心の要求、特に彼がロシアの大統領ウラジーミル・プーチン、トルコの大統領レジェップ・タイイップ・エルドアン、北朝鮮最高指導者金正恩などの権威主義的指導者に夢中になっていると知った時、ハッサンはトランプが彼らと同様の権威主義的願望をもってアメリカの民主主義を脅かすのではと心配したという。
ひとたび文鮮明とトランプの類似点に気付くと、ハッサンはトランプから目を離せなくなった。ハッサンによれば文鮮明をはじめ多くのカルト指導者が駆使する技巧の中で、最も効果的で陰湿なものは、信者の感情を操作する方法だ。信者たちに「自分は特別な存在」と思わせ、不信仰で危険な部外者に反対するインサイドグループの一員と感じさせるように誘導する。二元論的な「私たち対彼ら」の思考を植え付けるのである。トランプもこの手法を絶えず使用し、大きな効果を上げたという。すなわち、キャンペーン集会で、彼は敵対的であると感じた聴衆を選び出し、彼らを追い出すというパフォーマンスを行ったからだ。こうすることで、トランプの支持者であることが特別なことであると意識させ忠誠心を獲得した。
トランプは、文鮮明のように自分がメシアだとは言わない。しかし、神が彼をアメリカの指導者として選んだという一種の召命感は否定しない。「アメリカに過去の栄光を取り戻し、恐ろしい未来から救うことができるのは自分だけ」と主張することで、実質的にはメシアを演じているとハッサンはいうのである。
ハッサンによれば、トランプの初期のキャンペーンの一つは、彼の支持者の心の中に大きく光輝く「壁」のイメージを確立することだった。「壁」はアメリカを他の危険な世界から隔離し、守るというトランプの政策の象徴であり、それは前述の「私たち対彼ら」の思考で有効に作用しただけでなく、「壁」の向こう側の危険を意識させることで彼の支持者の心に恐怖を植え付けることに成功したという。この恐怖心による支配はカルト指導者の武器庫で最も強力で普遍的な手法の一つだとハッサンはいう。
トランプ・カルトの「信者」の見かけは普通であり、多くの人が通常の仕事に従事している。ハッサンによれば、彼らをカルトとして定義するのはその思想信条によるのではなく、彼らが人を欺いて勧誘し、教化し、そして最終的にその生活をコントロールする方法である。(つづく)
川島堅二(東北学院大学教授)
かわしま・けんじ 1958年東京生まれ。東京神学大学、東京大学大学院、ドイツ・キール大学で神学、宗教学を学ぶ。博士(文学)、日本基督教団正教師。10年間の牧会生活を経て、恵泉女学園大学教授・学長・法人理事、農村伝道神学校教師などを歴任。