瞳のようにわたしを守り、あなたの翼の陰に隠してください。
詩編17編8節(参考箇所詩編17編1〜15節)
誤解を受け、非難を浴せられるとき、どのように正当性を訴えても、人には言い訳としか聞いてもらえないとき、いらだたしく思い、ついには恨みを越え、怒りさえ抱くものです。いぶかしい目をもって見る周囲はまるで敵のように感じてしまいます。不実の罪に泣く、この作者は「主よ、正しい訴えを聞き、わたしの叫びに耳を傾け、祈りに耳を向けてくあさい」(1節)と痛切に願います。しかしながら、周囲はこの詩編作者の言い分を聞かず、「わたしに攻め寄せ、わたしを包囲し、地に打ち倒そうとねらっている」(11節)のです。一旦受けた誤解はなかなか解けず、まるで作者を無き者にしようとするかのようです。
誤解の中でうずくまるとき、彼にできることは「瞳のようにわたしを守り、あなたの翼の陰に隠してください」と祈ることでした。「瞳のように」とは、小さく可愛い者の意味で、小さく頼りなげであっても愛しい者として、大きな翼の下にひな鳥のように守ってくださいと言っているのです。外では誤解の嵐が吹き荒れていても、避け所を持つ者はまるでこのような姿で嵐の過ぎるのを待つことができるではないかということであります。