4月13日 使徒言行録4章12節

しかし、わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。
使徒言行録4章12節(参考箇所同書4章1〜22節)

わたしたちの信仰は、神がこの世界に救いの出来事を起こされたことを知らせるグッド・ニュース、それこそ福音を聞くことから始ります。この救いの出来事を知らせるニュースとしての福音を人は、理解するというより驚いて聞くことを求めます。いままで人間の世界では見たことも聞いたこともない出来事だからです。それは他の何物とも比べようがない出来事なのです。

聖書に現された神は歴史に働く神であるといわれますが、それこそこの地上に人間の救いという大事業を神御自身が自ら起こされることを意味しています。ある牧師が「わたしはキリスト教を信じないが、キリストの福音を信じる」と言ったことがありますが、キリスト教信仰を理解するための示唆となるものです。

しばしば宗教はどれでも同じと言う人がいたり、己が信じる宗教のみが絶対であるとうそぶく人がいますが、精神文化としての宗教としてキリストの福音を理解するなら、他宗教との比較の中で受け止めてしまうかもしれません。それは福音を受け止めるには次元を異にするものです。キリストを信じる信仰は、出来事から始まることを確かにしておきたいものです。

賀来 周一

賀来 周一

1931年、福岡県生まれ。鹿児島大学、立教大学大学院、日本ルーテル神学校、米国トリニティー・ルーテル神学校卒業。日本福音ルーテル教会牧師として、京都賀茂川、東京、札幌、武蔵野教会を牧会。その後、ルーテル学院大学教授を経て、現在、キリスト教カウンセリングセンター理事長。

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