イエスとは誰か
わたしが神の霊で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。
マタイ12章28節(参考聖書箇所同書12章22〜32節)
主イエスが、目が見えず口が利けない人にいやしのわざを行われたときのことです。群衆は驚いて「この人はダビデの子ではないだろうか」(23節)と言ったと聖書は告げます。これに対しイエスのなさることを予てから苦々しく思っていた、ファリサイ派は、イエスのいやしは「悪霊の頭ベルゼブルの力による」(24節)と言いました。それぞれの見方があったのでした。
主はそれに対して、いやしのわざだけを取り上げて、とやかく取り沙汰するのでなく、実は神の国があなたがたのところに来ているのだと知りなさいと言われるのです。これはわたしたちとっていやしを深く考えるための大きな鍵となる言葉です。
わたしたちは信仰生活を通して、いろいろなかたちでいやしを経験することがあるでしょう。病が癒えることをわが身に覚えることもあり、癒えずともなお勇気を持って生きる力を与えられることもありましょう。しかしいやしのかたちがどうであれ、いやし以上に、実は神の国に入れられている事実がここにあるのだという奥の深い信仰を見るのは、もっと大切なことだとイエスは教えておいでになるのです。
365日の聖書―創世記からヨハネの黙示録まで
賀来 周一 著