日本にも現在5千人ほどの信者がいるとされる韓国のキリスト教系新宗教「キリスト教福音宣教会」(以下、通称名「摂理」)の教祖・鄭明析が複数の女性信者に性暴力を働いたとして、韓国で再び裁判が進行中である。一審では23年の実刑判決が下された。これは同氏に対して2009年に下された強姦致傷罪10年の実刑判決を大きく上回る求刑だ。
筆者は2017年に鄭明析が10年の服役を終えて出所、再び「摂理」の総裁に復帰して以来、ことあるごとに再犯の危険性について語ってきた。それでも鄭明析が相当な高齢になっていること(現在78歳)、出所後は常にナンバー2の女性牧師キム・ジソンがそばに付き添っていることなどを見聞きして、少しは落ち着いて再犯はないかもしれないという淡い期待を抱いた時もあったのだが、見事に裏切られた思いである。
こうした宗教指導者による性犯罪が繰り返される理由はいくつかあるが、特に「摂理」の場合、教祖の性犯罪は個人の暴走ではなく、この団体の教義に基づく行為であることが重要である。これはかつてのオウム真理教幹部信者による坂本弁護士一家拉致殺害事件や地下鉄サリン事件が、信者個人の暴走行為ではなく、殺人が場合によっては「救済」になり得ると教えるオウム真理教の教義(タントラヴァジラヤーナ)に基づく犯罪であることや、旧統一協会の法外な経済的収奪が「復帰原理」という教義に基づくのと同じである。
「摂理」のどのような教義が教祖の性犯罪の根拠となるのか。それは神が人間を救済する歴史(救済史)を「旧約」「新約」「成約」の三区分で教えることと関係する=写真。
「旧約」の時代は神と人間の関係が「主人と奴隷」の関係。「新約」の時代になり、イエス・キリストによりそれは「父と子」の親子関係になった。1980年代に朝鮮半島に降臨した新たな救世主(鄭明析)により始まった「成約」の時代には、これが「恋人」の関係になったとするのである。
もちろん大部分の信者に対しては、この関係性はすべて「比喩」であると教えられる。しかし、一部の女性信者(特に長身、ロングヘアーで色白の教祖好みの女性である場合が多い)に対しては「スター」などの特別な称号を与え特権意識を持たせて教祖との個別面談を実施、その面談の場で性的な犯罪が繰り返されてきた。被害女性に対しては「これは肉体を持たない神様に先生(鄭明析)が代わってしてくださった特別な祝福の行為なのだから決して躓いてはいけない」と言い聞かせる。「成約」の時代の神と人間との「恋人」という関係性を、大部分の信者はただ比喩としてだけ知るのに対し、特別に選ばれた女性信者は「実体」として経験できるというわけである。
ちょうど2年前の2022年6月に現在の日本摂理の幹部、野本泰寛氏(キリスト教福音宣教会責任役員)と浅井孝夫氏(キリスト教福音宣教会監事)に直接面談し、この教義について現在はどのように教えているかの確認を行った。「成約」時代における「恋人」という神と人間の関係性は「教祖の性犯罪の根拠」と指摘されて久しいので、もしかしたら現在は表現が変更されているのではないかと思っていたからだ。しかし、野本氏も浅井氏もこの点についてはまったく変更がないと断言された。この教義が「摂理」の核心であることを再確認したと同時に、教祖による再犯の危惧を改めて感じた瞬間だった。そして、その危惧は現実のものとなったのである。
(つづく)
川島堅二(東北学院大学教授)
かわしま・けんじ 1958年東京生まれ。東京神学大学、東京大学大学院、ドイツ・キール大学で神学、宗教学を学ぶ。博士(文学)、日本基督教団正教師。10年間の牧会生活を経て、恵泉女学園大学教授・学長・法人理事、農村伝道神学校教師などを歴任。