クリスマスおめでとうございます 渡部信(クリスチャンプレス顧問)

一日が一番短くなる冬至に、イエス・キリストの誕生日が定められ、教会ではクリスマスをお祝いするようになりました。それはキリスト教の宣教が始まってから約350年後のことでした。あの暴君、暴政のローマ帝国で、長い間迫害されてきたキリスト教が、皇帝コンスタンティヌス1世の時代に公認宗教(313年)となり、それ以降、東西ローマ帝国に分裂しましたけれど、双方が歩みより紀元380年にキリスト教はローマ帝国の国教と定められ、クリスマスがお祝いされるようになりました。

元々は、イエス・キリストがいつ生まれたかは、正確には分かりません。多分、紀元4年ではないかと推測されます。西洋歴は、キリストの誕生した年を0年として以前をB.C.(Before Christ)、以後をA.D.( anno Domini)として作成されたのですが、後の歴史家によって若干のずれがあることが判明し、キリストの誕生年を動かしたことになります。

迫害時代には、この冬至の日に殉教者のために記念礼拝が行われていたということです。公にキリスト教が国教となったことで、教会では冬至明けから始まる一年の初めとして、神の御子救い主の誕生日としてクリスマス礼拝が行われたのです。けれどもその日は昔からローマの慣行行事である「光のお祭り」の日であり、次第に教会の抵抗を押しのけ、このクリスマスの日が「お祭り」として人々にもお祝いされるようになりました。

この時には東西ローマ帝国は分裂していました。キリスト教会も西のローマと東のコンスタンチノープルの双方の伝統によって、クリスマス行事の祝い方が異なり、現代でもローマ・カトリック教会とギリシア正教会(オーソドクシー教会)では、クリスマスの祝い方が異なる伝統を引き継いでいます。

さて、どうして教会では新年の初めにキリストの誕生日をクリスマスの日として特別に礼拝するように定められたのでしょうか。これは大変重要な問いです。それは神の救い主が闇の世界に光としてこの世に来たという聖書のメッセージからです。救い主イエス・キリストは、皇帝アウグストゥスの時代、聖霊によって身ごもった処女マリアから、家畜小屋でお生まれになった。その場所はベツレヘムであった。このベツレヘムはエルサレムの近くにある町で今でも誰でもが行ける場所です。

問題はこの記述をどう理解するかです。人の子が、大きくなって神の子、救世主になったのではありません。この聖書のクリスマス物語では、イエス・キリストは初めから神の子であった。「聖霊によって処女マリアから生まれた」と書かれています。人々は信じ難いと言います。

しかし人なるキリストが私のような偉大な宗教者になれ、そうしたら救われる、と教えたら、誰も救われなかったでしょう。罪も汚れもない神の御子が肉体となってこの世に来てくださった。神が人の「かたち」をとって。これは完全なる神が完全な肉体をとってこの世に来たというキリスト教では最も大事な教義です。無限なる神が有限なるこの世に人の「かたち」をとってこの世に介入してくださったことにより、実は有限なる私たちが、初めて見る「永遠の光」と「神の救い」を知ることができるからです。それゆえに、神からの大いなるプレゼント、神の御子イエス・キリストの神性によって、私たちの心が清め洗われ、罪が赦(ゆる)されるとしたら、ここに神の大いなる愛を見ることができるでしょう。「愛は全ての咎(とが)をおおう」。私たちにたとえ欠け目があっても、神は自分の子供を愛するように私たちを愛し受け入れて下さるのです。皆さんも喜びをもってこのクリスマスをお祝いいたしませんか。

渡部信(クリスチャンプレス顧問・常盤台バプテスト教会牧師・NCC議長)

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